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第82話 王国滅びの危機

「緊急連絡! 丘から敵騎馬の接近を確認、注意されたし!」


 平原に展開するヴェルデンブラントの兵士たちに動揺が走る。

彼らの目には単騎で突撃してくるバルテルスの姿が見えた。

その姿は雄々しく、見るものに恐怖を与えた。


「急げ、防御網を構築しろ!」


 兵士たちは恐怖で足が地面に縫い付けられそうになりながらも号令によって隊列を組み直し、防御陣形を構築する。

兵士と兵士の間からは槍が突き出しており、絶対に通過できない陣形となっていた。

その陣形はギリシャやローマの重装歩兵によく似ている。


 バルテルスはそんな陣形にもひるまずにただ1人突撃を続ける。

彼は手に槍ではなく、家に代々伝わる宝剣を持っていた。

彼は敵との距離約50Mという短距離に接近した時、魔法を唱える。


「ファイアーボール!」


 彼の手から繰り出された魔法は、敵陣に向かって飛んでいった。

それを防ごうと、後方の魔法隊が防御魔法を展開する。

だが彼はそれを狙っていた。


「今だ、それっ!」


 バルテルスは展開された防御魔法の上を馬に走らせる。

地上の兵士たちは唖然として上を走る馬を下から見ていた。

そしてバルテルスがもうすぐで防御陣形を突破する、というところでだった。


「ッッ……!」


 バルテルスの左腕に、どこからともなく飛んできたファイアーボールが命中する。

彼の左腕は、肘より下が溶けておち、装備していた盾を失った。

だが彼は剣を口でくわえ、右手で手綱を握って怯むことなく敵陣に突入する。


「見えたぞ、あれが本陣か!」


 バルテルスの眼前に、騎兵で囲まれた敵の本体が見えた。

彼は手綱を離し右腕に剣を持ち直して振りかざし、敵に向かって突入していく。

敵もそんな彼に呼応して突撃してきた。


「おらぁ、血祭りにあげてやる!」


 バルテルスは敵騎兵部隊との交戦を開始した。

彼は右手で剣を振るい、接近してきた敵騎士を切り倒す。

敵兵は馬から転げ落ちた。


 あまりの迫力にヴェルデンブラントの騎兵の乗る馬は怖気づく。

騎兵は必死にムチで馬を叩くが、馬は足を上げるだけで前に進むことはなかった。

その隙を見計らってバルテルスは更に前に突き進む。


 騎兵たちの陣も突破したバルテルスは指揮官のいる本陣までたどり着かんとしていた。

そんな彼の後ろを必死にヴェルデンブラントの騎士たちが逃げようとする馬を無理やり走らせて追いかける。

その気配に気づいたバルテルスは後ろを振り向き魔法を放った。


 その魔法は見事に命中し、命中した騎兵の腹に大穴が空いた。

だが数的に圧倒的に不利、追いかける騎兵の投げた槍が彼の胸元に突き刺さった。


「ぐっ、ゴハッ!」


 バルテルスは口から血を吐き、剣を手から落とした。

そんな彼の体に次々に投げられた無数の槍が突き刺さる。

3本、4本、5本……9本の槍が刺さった時点でバルテルスは絶命、地面に落ちた。



「死んだか……敵ながら立派な奴であった」


 本陣の中から、ヴェルデンブラントの指揮官がでてくる。

彼は地面に横たわるバルテルスの死骸を見つめ、何かを考えていた。

彼は決断したのか、部下たちにこう告げる。


「この勇敢な騎士を、私は同じ1人の騎士として称えたい。彼の葬儀の準備を」


 彼がそう告げると、騎士たちは一斉に葬儀の準備を始めた。


 1時間後、バルテルスの遺体は簡易に作られた棺桶の中にあった。

ヴェルデンブラントの騎士はその中に1本ずつそのあたりで摘んできた花を手向ける。

地などが拭き取られ、そっと目を閉じさせられたバルテルスの顔は眠っているようであった。


 棺の蓋が閉じられ、遺体が見えなくなる。

その上に、ありあわせの布にインクで手書きしたルクスタントの国旗が乗せられる。

その状態で棺は深く掘られた穴にそっと置かれた。

ヴェルデンブラントの騎士たちはその上に土を盛り、剣を墓標として突き立て、そこに「勇敢なる騎士、ここに眠る」と書かれた木の板をかけた。


 葬儀を終えた彼らは再び王都の攻略の用意に戻るのであった。





 同じ頃フォアフェルシュタット周辺。

ゼーブリックの軍勢が街を包囲し、徐々に包囲戦を狭めていた。

海の上には軍船がおり、街は完全に孤立していた。


「まずいわね。逃げることは絶望的、どうすれば良いのかしら……」


 フォアフェルシュタット内のマルセイ商会本店、商会長室。

フローラは街から逃げ遅れ、もはや動くことができなくなっていた。


 彼女のマルセイ商会は膨大な従業員を雇用しており、彼女はその従業員たちの安全確保のための指導にあたっていた。

そのかいもあってすべての従業員はフォアフェルシュタットよりも南の街に疎開していた。

だが肝心の彼女自体が避難することができていなかった。


「この金庫のお金もこうなってしまっては何の役にも立たないわ。万事休すね」


 フローラは椅子に腰掛ける。

彼女の目線の先の金庫には、今までマルセイ商会が稼いできたすべての財産が入っていた。

彼女は金庫を見つめ、深い溜め息をつくのであった。



 その頃のファアフェルシュタット沿岸では、ゼーブリックの艦隊とルクスタントの艦隊による艦隊決戦が行われようとしていた。

ルクスタントの艦隊は密集し、ゼーブリックの三日月陣形を組んだ艦隊に突入していく。

ゼーブリック艦隊も迎撃の姿勢を取っていた。


「「今だ、射程に入ったぞ、放てぇ!」」


 両艦隊から一斉にファイアーボールが放たれる。

今度は魔法を放った魔法使い達と交代し、別の魔法使い達が出てきて防御魔法で防いだり、ウォーターボールをぶつけて迎撃しようと試みる。

戦場には無数の魔法が飛び交った。


 だが練度の差は歴然としていた。

最近設立されたばかりのルクスタント海軍がゼーブリック海軍に勝てるはずもなかった。

2発ほどの魔法がルクスタントの艦船の一隻に命中し、船体に燃え広がっていく。

ゼーブリックは全弾迎撃したようだ。


 勢いに乗ったゼーブリック海軍にそのままルクスタントの軍船はどんどんと沈められる、もしくは大破させられる。

残存勢力は早くも最初の1割ほどまで減っていた。

だがそれでも艦隊は歩みを止めない。


「よし、”アレ”の発射用意、てぇー!」


 ルクスタントの軍船は実は独自に開発した秘密兵器を隠し持っていた。

その秘密兵器とは、槍を打ち出す装置を28連装にまとめたものである。

槍の先端には魔石がつけられ、命中と同時に爆発する仕組みだ。


 残存艦隊の隻数は5隻。

それらに各1基ずつ配備されたこの秘密兵器から合計140本の槍が放たれた。

それらはゼーブリックの艦隊に向けて飛んでいく。


 ゼーブリック側も防御魔法を展開したが、防御魔法上で魔石が爆発、防御魔法は粉々に吹き飛ぶ。

その隙間を縫って、槍は船体に着弾していった。

派手な爆発が起こり、船尾が吹き飛んで数隻が轟沈した。


 だがゼーブリックの軍船はまだごまんといる。

ルクスタントの軍船が再装填をしている間に、苛烈な反撃が浴びせられる。

その攻撃によって旗艦以外の全船が沈没、旗艦も猛火に包まれていた。


「こちらルクスタント海軍旗艦ラクスマン、艦隊は壊滅し、本船もまもなく沈没する。フォアフェルシュタットは危機的状況にあり、援軍を求める!」


 旗艦から悲痛な知らせが王都に向けて発信される。

発信した直後、旗艦は船体を真っ二つに追って轟沈した。

障害のなくなったゼーブリック海軍は、陣形を整えて海を突き進む。





「以上が報告です」


 ルクスタント王城、謁見の間。

王座に座るグレースに、各報告が軍務卿によって行われていた。

グレースはその報告を聞いて眉間をつまむ。


 その報告はあまりにも悲惨なものであった。

王国北部の守備隊の壊滅、バルテルスの死に艦隊の壊滅。

まだ17歳のグレースには少し重たい内容であった。


「軍務卿、王都守備隊の兵力は?」


「はっ、歩兵部隊が5000、それに加えて騎士団が3部隊です」


 どう考えてもヴェルデンブラントの軍勢を追い返すには少なすぎる人数であった。

グレースは王都の陥落、王国の崩壊を覚悟していた。

そして彼女は自分の未熟さを、判断の甘さを痛感していた。

だがそんな彼女に軍務卿が提案する。


「おそれながら陛下、イレーネ帝国を、ルフレイ様を頼られてはいかがでしょうか。同盟国である関係上、きっと助けて下さると思います」


 だがグレースは暗い顔をしたままだった。

彼女はルフレイに迷惑をかけたいとは思っていなかった。

たとえ同盟国という関係であっても。

それほどまでに彼女はルフレイのことを愛していた。


 そんな彼女を見かねて、軍務卿はいうべきか迷っていたことを言う決心をした。


「おそらくですが、ルフレイ様は陛下を失うことを望んではおられないと思います。共に学園生活を過ごした仲である陛下を失ったときにルフレイ様はどう思われるでしょうか? きっと悲しまれると思います」


 グレースは軍務卿の言葉に顔をはっと上げた。

彼女はルフレイに迷惑をかけないことばかり考えていたが、自分がいなくなることが何か影響を及ぼす可能性があるとは考えていなかった。

彼女はルフレイに迷惑をかけたくはないが同時に悲しんでほしいとは思っていなかった。


「私がいなくなればルフレイが悲しむ……?」


 グレースは必死に頭で考える。

考えるうちに彼女の中で考えが一気に変わった。

彼女は決意し、軍務卿に伝える。


「至急イレーネ帝国と連絡を取り、参戦の要求を行え!」


 軍務卿はその言葉を聞いて頭を下げた。

その顔には少しうれしそうな色が写っていた。


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