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第81話 単騎突撃、騎士の誉れ

 四ヶ国戦争開戦から約2週間。

今だ俺は戦争介入の糸口をつかめていなかった。

その間にも偵察機による偵察は継続していた。


「うーん、そろそろマズいんじゃあないか」


 俺は鎮守府庁舎の一室、作戦司令部にいた。

目の前には大陸の地図が広げられており、偵察機からもたらされた情報に基づいて地図にヴェルデンブラント、ゼーブリック、ルクスタントの旗が立てられている。


 その地図を見ると、ヴェルデンブラント、ゼーブリック両軍は破竹の進撃をしていることが確認された。

ヴェルデンブラントは2週間しか経っていないにも関わらず、ルクスタント王都まで近づいていた。


 ゼーブリックは本体から分かれた別道艦隊の支援を受け、海岸部を進軍していた。

ルクスタント軍も良く頑張っているが、もうすぐでフォアフェルシュタットに到達されそうになっていた。

彼らは虎の子の軍船でこれに対抗するつもりのようだが、時間稼ぎにしかならないであろう。


 俺は盛大に溜息をつくのであった。





 王都より20km先の地点、ヴェルデンブラントの軍はそこに集結していた。

仮設の飛行場も用意しており、翼竜部隊もそこに集結している。

王都への総攻撃は目前に迫っていた。


 勿論ルクスタント側もそれを黙ってみていることはなかった。

彼らは彼らで必死の反抗作戦を計画している。


 王城内の一室。

第二、四、五騎士団団長、そして軍務卿が集まっていた。

彼らは椅子に座ったまま皆暗い顔をして黙っている。


「で、敵軍への偵察、及び攻撃計画ですが……なにかいい案はありますか?」


 軍務卿が口を開く。

だが騎士団長たちは黙ったままであった。

部屋の中には再び沈黙が訪れる。


 そのとき、第二騎士団団長ミルコが思いっきり机を叩いた。

いきなりのことに、他の部屋にいる人はブルっと体を震わせた。

そしてミルコは大声で怒鳴った。


「なぜ国民を守るのが役目の我々が国民の死を安全なところから見ていることしかできないのか! 私もここにいる他の人間も騎士として失格だ!」


 ミルコの言葉に他の騎士団長も首を縦に振る。

そして彼らも口々に出陣するべきだと叫んだ。

そんな彼らを軍務卿は必死になだめる。


「みなさんが戦闘に参加できずにただここから作戦指揮を取るしかない悔しさは理解しています。ですが女王陛下の護衛のためには王都に兵力を残存させることが必要なのです。どうかご理解ください」


 ミルコは握った拳を机から下ろす。

そしてまた部屋の中に沈黙が訪れた。


 ――ガチャッ


 そんな静かな部屋に、部屋の扉然開く音が響く。

この会議には彼ら以外は招集されていないので彼らは身構える。

騎士団長たちは自分の剣を引き寄せて構えた。


「誰だっ、出てこい!」


 ミルコが大声で叫ぶ。

だが扉の向こうの人間は怯えること無く部屋に入ってきた。

突然現れたその人間は――


「お前は……バルテルス!? なぜ謹慎しているはずの人間がここにいるのだ」


 部屋にやってきたのは、イレーネ島にやってきた第一騎士団の団長、マルティン=バルテルスだった。

彼は今までの行動の責任をグレースに咎められ、謹慎していた。

その彼が何故かこの場にいるのだ、騎士団長たちが驚くのも無理はない。


「せっかく助けに来てやったんだから、とりあえずはその剣をおろせ」


 バルテルスがそう言い、騎士団長たちはしぶしぶ剣を鞘に納める。

バルテルスはそのまま空いている席へと歩いていき、どかっと座った。


「で、見たところ王都の外の敵軍をどうにかしようとしている、ってところかな?」


 バルテルスは椅子につくといきなりそういった。

騎士団長たちは見事に言い当てられて驚いている。


「そうだ。何か作戦でもあるのか」


「ある」


「「「「!」」」」


 バルテルスの発言に騎士団長たちはお互いの顔を見あう。

全員が驚いているようだった。


「それで、その作戦とは何ですか?」


 軍務卿は尋ねる。

バルテルスは、彼の持っている作戦について語りだした。


「何、簡単な話だ。俺が単騎で突撃、敵本陣を強襲すれば良い。うまく行けば敵の大将を打ち取り、上手くいかなくても敵方を動揺させるぐらいは可能であろう」


 その場にいいる全員の間に再び衝撃が走る。

なぜならバルテルスは肉壁を多く利用して戦う騎士として有名であったからだ。

そんな彼の口から単騎突撃などという言葉が出てくるとは思っていなかった。


「本気か? 正直あなたの言うこととは思えないのだが」


 第五騎士団長へルベルトが訝しんで尋ねる。

だがそれにバルテルスは「大真面目だ」と答えた。

その力強い答えに、これ以上誰も何も言うことはできなかった。


「俺は今までに肉壁を利用した戦法を何も問題だとは思っていなかった。だが俺が島に捕らえられている間に、見張りの1人が俺に昔の戦いについて教えてくれる機会があった」


 バルテルスは島での思い出を黙々と話し出す。

他の人間はじっとそれを聞いていた。


「彼らは今は見慣れない兵器を使っているが、昔は我々と同じく剣や槍を使っていたらしい。そのような武器を装備して戦う彼らのことを人々はモノノフと呼んでいたそうだ。モノノフというのは我々で言うところの騎士と捉えてよいだろう」


 バルテルスは一息つき、続きを話す。


「だがモノノフは肉壁どころか盾すら装備していなかったそうだ。彼らはただ主君への忠義と愛する家族を守るため、武器を持って戦った。彼らは一騎打ちを好み、一騎打ちに死ぬことを本望としていた。これこそ騎士のあるべき姿だと思う、違うか?」


 バルテルスの問いに、その場にいるものが全員首を縦に振る。

彼らの心にはなにか響くものがあったようだ。


「だから俺もモノノフに敬意を評し、また犠牲になった人間に謝罪の意を込め、この命を捧げたい。どうか頼むっ……!」


 バルテルスはばっと土下座の姿勢を取る。

顔こそ塞がっていたが、彼は少し涙を流していた。

他の人間は椅子から立ちあがり、バルテルスのもとに近づいていく。


「その話、感動したぞ。勿論行ってよかろう」

「そうだ、俺も連れて行ってくれよ」

「俺も」

「俺もだ!」


 全員がバルテルスの意見に賛成した。

そしてミルコを筆頭に、自分も連れて行ってくれとの声が上がる。

だが立ち上がったバルテルスは、その願いを拒否した。


「ならん、お前たちはこの王都を守れ。死ぬのは俺1人で十分だ。それに……俺1人でないと償いの意味がない」


 その言葉に他の人間は言葉をつまらせる。

しばらく続いた沈黙を破ったのは軍務卿であった。

彼はポケットから魔法通信珠を取り出し、バルテルスに渡す。


 そこから会話は一言もかわされなかった。

バルテルスは通信珠を受け取ると、腰についている袋の中に入れた。

そして無言のまま部屋を出ていく。


 彼がでていく瞬間、手を少し振っている姿が残された人間の脳裏に焼き付いた。





「はっ、はっ、もう少し、もう少しだッ……」


 草原を駆け抜ける1頭の馬。

バルテルスは敵の陣に向けて単騎で突入していた。


「見えた、あれが敵の陣営か」


 バルテルスは丘を駆け上がり敵の陣営を見つめる。

そこには地面を覆うように展開する敵の地上部隊、その奥には地面をならして作られた仮設飛行場が見えた。

敵は幸い彼に気づいていない。


「こちらバルテルス、敵の陣営を確認した」


 バルテルスは腰の袋から通信珠を取り出して語りかける。


『こちらミルコ。状況を報告してくれ』


 通話にでたのはミルコだ。

バルテルスは彼に偵察結果を報告する。


「目の前には数え切れないほどの敵軍が展開している。この量じゃ王都が陥落するのも時間の問題だろうな。それに奥には仮設の飛行場も見える。今の我が王国に残っている翼竜部隊じゃ防衛はままならないだろう」


 バルテルスは見た通りのことを報告する。

王国の翼竜部隊は戦争勃発時に飛来したゼーブリックの艦載竜を迎撃するために飛び上がり、殆どが撃墜されていた。

もう王都にはほとんど航空戦力が残されていない。


『了解した……』


 ミルコから返ってきた返事はそれだけであった。

バルテルスはニヤッと笑い、通信珠に話しかける。


「これより俺は敵陣に単騎で突入する。王国に神の加護のあらんことを!」


 バルテルスはそう言って通信を切る。

彼は手綱を弾き、敵陣へと下っていった。


『さらばだバルテルス……』


 手に乗る光の途切れた通信珠を見て、ミルコはひとり呟いた。


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