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第78話 戦争への一歩一歩

「父上、只今戻りました……」


 ルクスタント王国から帰国し、ジョージに連れられてロイドは王の間にいた。

彼の父フェルディナントは椅子に座り込んで肘をついている。

そして彼は口を開こうとしなかった。


「違うんです父上、あれにはちゃんとした理由があるんです……」


「どんな理由だ、言ってみろ」


 フェルディナントはそうロイドに言った。

ボロを出すかと思われたが、案外そういうことには頭が回るやつのようだ。

彼は事前に準備しておいた詰められた時用の言い訳をサラサラと言い始める。


「あれは私がゼーブリック紳士として、倒れてルクスタント女王を介抱しようとしていたのを相手が勘違いしただけなのです。それで私はこんな傷を……」


 ロイドは自分の着ている上着をたくし上げて傷を見せる。

彼の左下腹部には銃弾の命中した痕が残っていた。

現在は治癒魔法を施されて傷口は塞がれている。


「とりあえず言い訳は良い。で、お前に攻撃してきた相手はどんなやつなんだ?」


「はい、新たにSクラスに編入されてきた生徒で、名は確かルフレイ=フォン=チェスターです。決勝戦の後に聞いたところによると彼はイレーネ帝国とか言う聞いたことのない国の皇帝だといいます」


「イレーネ帝国、それは報告にあった新たな勢力のことだろうか。あれ以降偵察を出そうと思って出していなかったがこれは本格的に偵察を行った方が良いかもな……」


 フェルディナントは息子の不貞のことなどはすっかり忘れて考え込む。

彼の中でほとんど忘れ去られようとしていた島のことが彼の頭の中を巡る。

そうなると彼は息子の不貞など忘れてイレーネ帝国のことが気になって仕方がなかった。


「よし、例の島の同行を探ろう。早速翼竜艦隊に出撃指示を」


 フェルディナントはそう言って椅子から立ち上がった。

彼は王の間を抜けて王都にある中央軍司令部へと歩いていく。

残されたロイドはあまり状況がつかめていないのか不思議な顔をして王の間に残った。





 アルマーニ海、フォアフェルシュタットより50kmの海上。

フェルディナントより命令を受けた翼竜艦隊は偵察用の翼竜を発艦させた。

まだ新型艦は建造中で今回の艦隊には加わっていない。


「偵察騎は無事に発艦、保安隊よりもたらされた情報を下にフォアフェルシュタットに停泊している大型艦船に触接、警戒と尾行を開始します」


 翼竜艦隊旗艦の艦上。

艦隊総司令のフリッツ=メーラーは甲板要員から報告を受けていた。

彼は空を見上げて飛んでいく翼竜の姿を目で追いかける。


「ご苦労。ところで君、航海は良いものだと思わないかね?」


「えぇ、身に浴びる潮風はとても心地の良いものです」


 甲板要員はそう答える。

総司令のフリッツはこのように部下とのコミュニケーションを大切にする男であった。

そのせいもあってか艦隊の乗員からの評価は高く、士気の向上にも役立っている。


「司令、外で潮風を浴びるのもいですがお体に障りますよ?」


 甲板要員が辞した後、後ろから軍服に身を包んだ男が現れた。

この男の名はルドルフ=ハーゲマン、翼竜艦隊の副司令だ。

彼の言う通りフリッツはかなりの老齢で、度々体調を崩していた。


「何を言うかルドルフ、海の男はこうして潮風に当たることこそが1番の健康の秘訣だわい!」


 フリッツはそう言ってガハハと笑った。

その笑いにつられてルドルフも小さく笑う。

だがそんなフリッツに異変が起きる。


「ガッ、ガハッ」


 フリッツはいきなり激しくむせこんだ。

そんな彼の背中をルドルフは優しくさする。


 ゴシャア!


 フリッツは口から勢いよく血を吐き出した。

ルドルフはびっくりしてフリッツの体を支える。

しばらくするとフリッツの咳は止まった。


「大丈夫ですか司令、今治癒魔法をかけていますのでこれで良くなれば良いのですが……」


「すまないねルドルフ……私は大丈夫だよ」


「少しは収まったようで良かったです。でもゆっくりと横になって安静になさってください」


 ルドルフはフリッツの肩を支えながら艦内へと連れて行った。

そして艦内の医師に容態を見ておくよう言い、彼自身は総司令のいなくなった艦隊の指揮のために最上甲板へと戻っていく。


 その後、偵察に出した翼竜が戻ってきた。

目的の船の偵察には成功したようだが、敵の未知の翼竜の接近を受けて退避してきたとのことだ。

ルドルフはいきなりの報告を聞いて困惑した。


「とりあえず偵察は成功だ。母港に帰投しよう」


 ルドルフはそう言い、翼竜を収容した艦隊は母港へと帰投する。





 年は明けて5月、ゼーブリック王国は着々と戦争の準備を始めていた。

彼らはヴェルデンブラントと口裏を合わせ、侵攻の機会を待っていた。

だがゼーブリック王国に供給する秘匿兵器の納入がまだ遅れており、ヴェルデンブラントに比べて戦力はゼーブリック側が若干劣っていた。


 それでも新設の翼竜艦隊、その搭載騎となるドラゴンの練習と配備は終了しており、本隊に編入されていた。

ヴェルデンブラント側での訓練中にドラゴンが1匹ルクスタント側に逃走すると言う問題も起こったが、追加料金をヴェルデンブラント側に支払うことによって規定数の確保はできていた。


 のほほんとしていた国民も動員が始まり、各人兵士としての訓練が急ピッチで行われた。

国内にいた若い男衆はほとんどが徴兵され、働き手の不足が起こっていた。

それはヴェルデンブラント側も同じである。


 そして2カ国にはイレーネ帝国と戦争状態に突入することも想定していた。

イレーネ帝国は海を渡っていかなければならないため、必然的にゼーブリック側が戦力を割くことになる。

よってルクスタント本土への侵攻の主力はヴェルデンブラント軍が担う。


 その当時はちょうどルクスタント王都で戴冠式と大陸間合同会議が行われている。

その裏では2カ国の軍隊は侵攻に備えて軍の移動を開始させていた。

会議が終わったら間髪入れずにゼーブリック=ヴェルデンブラント軍が領土内になだれ込む算段である。


 戦争はすぐ側まで迫っていた。





 大陸間合同会議が終わり、ジョージがゼーブリック王都に帰還する。

その時に翼竜艦隊の所在がバレていると伝えられた海軍中央部は少し混乱に陥った。

そして予定されたイレーネ帝国に対する空襲は延期され、艦隊は海域を離脱することが決定された。


 そして運命の朝が訪れる。

5月26日早朝、ゼーブリック、ヴェルデンブラント両国よりルクスタント王国に対して宣戦を布告する旨が発表された。

宣戦布告と同時に配置されていた軍隊は作戦通りに移動を開始した。


 こうして複数の国を巻き込む戦争の火蓋が切って落とされた。


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