「以上で報告を終わります」
月光に照らされた室内。
ゼーブリック王国の首都にそびえる王城の一部屋で秘密の会合が行われていた。
参加しているのは保安隊の5人とゼーブリック国王のフェルディナント=ゼーブリックだ。
「報告ご苦労。第一王女による国家の乗っ取りか……一気に大陸の情勢が動きそうな規模の事件じゃのう」
フェルディナントは立派にたくわえた髭を撫でながら言う。
彼は今年で62歳、老齢ながら狡猾な王であった。
彼が自ら設営した保安隊のもたらす情報を下に外交を操っている。
「おっしゃる通りだと思います。それに新しい勢力の出現も無視できない話題だと思います。全容を把握していない以上警戒はしておいたほうが良いかと」
「分かっておる、そのうち偵察隊もだそう。その時が来たら貴様らにも出てもらうやもしれん」
フェルディナントは椅子から立ち上がって窓の外を眺める。
空にはきれいな満月が浮かんでいた。
だが雲がかかって少しづつその姿を消していく。
月が隠れたことによって部屋の中は真っ暗になった。
アルファは立ち上がって懐から火打ち石を取り出し、ろうそくに着火する。
部屋の中にふたたび光が満ちた。
「そういえば今日の午後にジョージ経由でヴェルデンブラントから会談の申し込みが入った。日時は明後日、場所は国境沿いのコンペーニュの森の中らしい」
「左様ですか。具体的にどんなお話をなさすおつもりで?」
「そうだなぁ……とりあえずルクスタント王国のことだな。どうせ向こうも特務隊を使って情報は集めているであろう」
ヴェルデンブラントにもゼーブリックのような秘密組織が存在する。
彼らは特務隊と呼ばれ、保安隊のように海外の情報の収集、暗殺などを行う。
特務隊のほうが保安隊よりも実力は上だ。
「では我々はこのぐらいで失礼いたします」
「うむ、ご苦労」
アルファたち保安隊のメンバーは部屋から一瞬でいなくなる。
部屋にはフェルディナントのみが残された。
「さて、どう転ぶことやら……」
彼は1人呟いた。
◇
2日後、コンペーニュの森の中の小屋で会談が行われようとしていた。
フェルディナントは既に小屋まで到着しており、あらかじめヴェルデンブラント側によって用意されていた会場の椅子に座っていた。
彼が少し待っていると、部屋の扉がゆっくりと開いた。
「申し訳ございません、お待たせいたしましたか?」
部屋の中に入ってきたのは若い男であった。
彼の名はロネ=ヴェルデンブラント、マクシミリアン=ヴェルデンブラントの兄にあたる。
彼はフェルディナントの前の席に座った。
「お久しぶりだなロネ”王”よ」
「嫌ですねぇ。私はロネ”王子”ですよ。ヴェルデンブラントの国王は我が父で、私は彼の補佐をしているに過ぎません」
ロネはそう言ってハハと笑った。
フェルディナントも苦笑いで答える。
だが彼の心は全く笑っていなかった。
ヴェルデンブラントの王は確かにロネの父親なのだが、実質的にはロネが実権を握っていると言ってもいい。
彼の父は病弱という扱いになってあまり外に出てこないのだが、実質的にはロネが彼を軟禁状態にして政権を握っている。
そのことを保安隊の報告で知っているフェルディナントは何となく突っ込んでいるのだが、ロネはただ不敵に笑うだけで言及はしない。
そんな彼がフェルディナントは嫌いだったし、恐れていた。
「ではさっそく会談を始めましょうか。最初にここまでご足労いただきありがとうございます」
「構わん」
「では本題に入りましょう。そちらも薄々感づいているとは思いますが、本日はルクスタント王国のことでお呼びいたしました」
ロネはそう会話を切り出した。
フェルディナントもその事は予測していたので適当に返事を返す。
それには構わずロネも話を続ける。
「この大陸の主要なニンゲンの国家はルクスタント王国、ゼーブリック王国、そして我がヴェルデンブラント第二王国です。この三国は対立関係にあると言ってもいいでしょう」
ロネの言った三国は日々領土拡大を目的として対立しあう関係にあった。
だがお互いの勢力は大きく、下手に手を出せないので緊張が続きながらも平和な状態が続いていた。
だがルクスタント王国の情勢が変わったので、それら三国の情勢も変わることになる。
フェルディナントはその言葉に何も返さなかった。
彼はルクスタント王国が混乱下にあることに漬け込んで領土を拡大しようと考えている。
だがそれはヴェルデンブラント側も同じだ。
彼はこの会議が重要な分岐点になると考えていた。
「だが今は違う。今ならば一気にルクスタント王国を潰すことが出来る、私はそう考えました。そちらも同じでしょう? 今ならば併合は簡単です。だがそのうえで1つ問題が起こります。なんだか分かりますか?」
「残った2カ国で領土の取り合い、これまでに類を見ない大規模戦争となるであろう。それこそ聖書に載っている大陸間戦争のようなものに」
聖書、イズン教の聖典であり神話が描かれた書物。
大陸間戦争は神話に登場する戦争で、その戦争によって星中の都市が焼け落ちたとされている。
その神話の戦争になぞらえてフェルディナントは返した。
「流石にあれは神話ですが、あながち私も間違いではないと思います。そのような事態は双方の国民の望まぬところです。そこで提案ですが……」
ロネは持ってきていたカバンの中から何かを取り出す。
そしてそれを机の上に置き、フェルディナントはそれを覗き込む。
その表紙には、『ヴェルデンブラント=ゼーブリック同盟』と書かれていた。
「同盟……今まで仮想敵国であったのに一体どういう風の吹き回しだ?」
フェルディナントは突然の同盟を訝しんだ。
だがロネは何も言わないので彼は紙に目を通す。
そこには非常に魅力的な提案が書かれていた。
「秘匿兵器の供給にルクスタント王国の分割統治、2国間の安全保障……正直これにはメリットしかない。何かの罠か?」
「いえ、単純に2国の発展を考えてのことです。我々は争うよりも互いに支えながら発展していったほうが良いでしょう?」
「いや、それはそうだが……。ではいくつか質問させてもらおう。ここに書かれている秘匿兵器とはいったい何なんだ? 剣や弓や槍なら自国内でも作れるが……」
フェルディナントはロネに質問する。
彼にはその秘匿兵器が一体何を指しているのかが分からなかった。
そんなフェルディナントにロネは返す。
「秘匿兵器というのは今までとは一線を画す超兵器のことです。わが国では最近実用化にこぎつけそうになっている最新式のものです」
「それは一体……?」
その言葉にロネはふふっと笑う。
そして彼はこう返した。
「秘匿兵器は2つあります。1つは我が国にのみ生息しているドラゴンの軍事転用、これは翼竜をはるかに上回る性能を示します。そして2つ目は魔導探信儀。これを用いることによって上空を飛行する敵の翼竜を探知することができます」
ロネの言葉を聞いてフェルディナントはその秘匿兵器の虜になっていた。
ゼーブリックにはない新兵器、それを手に入れることができれば王国のさらなる強化につながると。
彼の頭にはもはや同盟を受けることしかなかった。
「分かった、その同盟を受けよう」
フェルディナントはロネにそういった。
そしてロネはカバンから同盟に関する書類を取り出し、フェルディナントはそこにサインした。
こうしてヴェルデンブラント=ゼーブリック同盟は締結されたのであった。