戴冠式も終わり、俺はイレーネ島に帰る準備をしていた。
イズンからもらったものなど荷物が多くなったので荷造りをしっかりしないといけないな。
因みにもうもらった服は着ていない。
だって動きにくいもん!
王冠などを屋敷にあった良さそうな箱に詰め、俺は屋敷を出る準備ができた。
オリビアも準備はもう済んでいる。
俺は屋敷のメイドに見送られ、建物の外に出る。
外には俺が乗る用のハンヴィーと、護衛の近衛部隊が乗車するM2ブラッドレー4台が待っていた。
行きの道のりがあまりにも長かったので、自前の車で帰ることにしたのだ。
「皇帝陛下、準備は整っております。お乗りになってください」
ロバートがハンヴィーのドアを開ける。
俺とオリビアはハンヴィーに乗り込んだ。
因みにハンヴィーのボンネットの左右にはルクスタント王国の旗とイレーネ帝国の旗が立っている。
これをつけていれば関所を検査なしで通過できるらしいので便利だ。
俺を乗せたハンヴィーはイレーネ島への帰途についた。
◇
帰り道は行きと違って爆速で街道を走っていた。
いくつもの関所と街を通り過ぎ、そろそろ行きに泊まった町、ヴァイスヴァッハに差し掛かろうとしていた。
あそこで会った子は元気にしているであろうか。
「司令、何だか様子が変だぞ」
もう誰にも見られていないので、ロバートがいつもの口調で話しかけてくる。
何が変なのか分からなかったので、俺はハンヴィーのキャビンの上部、機銃を置いてある場所に登る。
双眼鏡を取り出してそれを俺は覗いた。
俺は目の前に見えている街の様子を観察してみる。
確かに街の外に松明の炎と思われる光がたくさん見えた。
そして反対側には、何らかの魔物の群れがいるのも見える。
「街が襲われているようだな。どうする、助けるか?」
下からロバートが問いかけてくる。
助けるか助けないか、答えは勿論イェスだ。
助けることが出来るなら助けるに越したことはない。
「よし、助けに行くぞ!」
車列は一気に速度を上げ、魔物の群れに突っ込んでいった。
◇
「もうすぐで敵と会敵します。戦闘の準備を!」
俺はキャビン上部のブローニングM2の発射桿を握る。
先行するブラッドレーの搭載砲も全てが魔物の群れの方を向いていた。
そしてついに魔物の群れが射程圏内に入る。
「よし、撃てぇ!」
俺の号令で各車両が一斉に射撃を始める。
曳光弾が闇を切り裂いて容赦なく魔物の体に突き刺さる。
激しい断末魔を上げて魔物たちは倒れていった。
10分もしないうちにヴァイスヴァッハの郊外にいた魔物の群れは全滅する。
あたりは一帯血の海になっていた。
「全火器おさめ」
俺は射撃終了の合図を出す。
俺はハンヴィーから降り、松明を持った人々の元へと駆け寄った。
そして俺は彼らに声を掛ける。
「もしもーし、大丈夫ですかー?」
聞いても返事はなく、ぽかんとしている。
だが彼らは何だかホッとした顔をしていた。
よく見ると、それらの人の中には女性や子供もフライパンやお玉を持って参加していた。
「あぁ、ありがとうございます。ありがとうございます……。おかげで助かりました」
そのグループのリーダーらしき若い男が出てきて挨拶する。
彼はかなり質の良さそうな鎧を着ていた。
騎士団か何かに関係がある人かな?
「紹介が遅れました。私はヨハン=バルテルス。この街の警備をしている騎士団見習いです」
彼の名乗りの中には聞いたことのある名が紛れ込んでいた。
バルテルス……前に来たマルヴィン=バルテルスの家系のものであろうか。
よく見るとこころなしか顔つきが似ているように見えた。
「叔父、マルヴィンを尊敬して騎士団に入りましたが、未だ見習いのままです。その叔父もなにかあったのか第一騎士団をやめたようですが……」
彼の耳に例の事件は入っていないようだな。
そう話していると、人だかりの中から子供が飛び出してきた。
彼は俺のもとに駆け寄ってくる。
「あ、やっぱりこの前のお兄さんじゃねぇか!」
出てきたのはこの前強盗に入ってきた男の子であった。
だがこの前のようなボロボロの服ではなく、上質とは言い難いが清潔な服を着て、腰に短剣をさしていた。
そして彼の顔には笑顔が浮かんでいた。
「こらジャン。迷惑をかけないよ」
「だって俺この人を殺そうとしたのに逆に助けてもらったんだもん。それにこの人皇帝っていうすげー人らしいぜ」
ヨハンはその言葉を聞いてピタッと固まってしまった。
彼は「皇帝……」「殺害……」とブツブツと唱える。
彼の顔はガガーリンもびっくりの真っ青になっていた。
そんな彼を置いて男の子、もといジャンが話す。
「俺、あれ以降まともな仕事をしようと思って騎士になろうと思ったんだ。そこでヨハンのおじちゃんが拾ってくれて、今は見習いとして訓練させてもらっているんだ! どうだ、凄いだろう」
ジャンは腰に手を当てて自慢する。
俺はそんな彼の頭を優しくなでてやった。
その時彼の首に何かがかかっているのを見つけ、なにかと思ってみてみると、それは1枚の金貨であった。
「あわわ……誠に申し訳ございませんでした。まさかそんな事になっていたとは。私を煮るなり焼くなり好きにしてください」
そう言って彼は地面に這いつくばった。
強く頭を下げすぎているせいで、地面と擦れている額からじわりと血が流れてきている。
血が出るほど土下座する人なんて初めて見たよ……
それにしてもヨハンの言っていることはジャンを捕らえた時に言っていたことと似ているな。
案外この2人はいい師弟になるかもしれない。
そんな未来ある彼らを咎めるようなことは勿論しない。
「大丈夫だ、気にしていないよ。さぁ、頭を上げて」
「ほ、本当ですか?」
俺は勿論、という。
彼は恐る恐る顔を上げ、俺の笑った顔を見て胸をなでおろした。
「この御恩、一生忘れません。何かあった時はいつでも私をボロ雑巾のようにお使いください」
俺にはそんな人をこき使う趣味はないんだがなぁ……
え、工兵をこき使っているって?
違う違う、彼らは仕事にしか生きがいを感じていないので仕事を与えてやっているんだ。
こんなふうに借りが残るのもあれだし、何かここで消費しきれないだろうか。
そうだ、お腹がちょうど減ってきたな。
なにか食べ物をもらってこの件は終わりにしよう。
「じゃあヨハン、早速お願いをしていいかい?」
ヨハンは首を縦に振った。
「何だかお腹が空いたから、車の中で食べれるものをいくつか持ってきて欲しい」
「そんな事でよろしいのですか? ……いえ、どんな注文であろうと全力でこなしてこそです。すぐに用意いたしましょう」
ヨハンはそう言うと複数人の人と街の方へと走っていった。
数分後、彼は何かの入ったバスケットを持って走って戻って来る。
「ミートドリアのパイ包みです。この街の名物なんですよ」
俺はバスケットを彼から受け取った。
少し温めてくれたのか、パイはすごく熱そうだった。
「わざわざありがとう。じゃあ俺はここらへんで失礼するよ」
「分かりました。道中お気をつけください」
俺は出発する旨をヨハンに伝える。
数人と握手をした後、俺はバスケットを持ってハンヴィーの中に戻った。
そして車列は再び走り出す。
ミートドリアのパイ包みを食べながら。