「ハァ……ハァ……。くそっ、どうしてこんな事になったんだ」
時は遡ること11か月前、王都の王城が爆撃された日の翌日の夜。
ルクスタント王国とゼーブリック王国の国境にある森の中を走る人がいた。
泥でドロドロに汚れた服に裸足で走る男。
この男こそかつての王太子であったアルベルトである。
なぜ彼が今こんなところにいるのか、それには理由があった。
◇
「ふん、何が別の場所に避難しろ、だ」
アルベルトはルフレイの進言を鼻で笑っていた。
だが彼は律儀にも彼の部屋に避難している。
彼が避難してから約30分、特に王城には何の変化も起きなかった。
「やはり何も起きないじゃないか。やはりあんな物はったry ……」
ゥウオ―――――――――オォン……
アルベルトがそう言って部屋を出ようとした時、王都内に空襲警報が鳴り響いた。
彼はその音を聞いてあわてて扉を閉めて部屋に戻る。
彼は部屋の中であたふたしていた。
「なんだなんだ、やはり攻撃が来るのか……? こんなところでは死にたくないぞ」
アルベルトは死にたくないと頭を悩ませる。
だがなかなかいい考えが思い浮かばず、部屋の中をぐるぐるとまわる。
そんな彼もついには結論に達した。
「そうだ、一時避難しよう。ここは命のほうが大切だ」
アルベルトは部屋においてある小物置きをずらす。
その下からは王城の地下通路につながる秘密の通路が現れた。
彼はその蓋を取り、現れたはしごを降りていく。
「ここなら大丈夫だろう」
アルベルトは地下通路を歩く。
この地下通路は王都の郊外へと通じているのだ。
彼は城が狙われていると思っているので、郊外に逃げることにした。
その時、地下通路内に大きな音が響き渡る。
ズゥゥン……ズゥゥン……
その大きな重い音にアルベルトは思わず振り返る。
そして彼はこの通路も危険だと考え、外に逃げ出すことにした。
彼は反対側へと駆け出していく。
「ハァ、まだつかないのか……」
アルベルトが走ること10分、王族用の長い布の服を着ているため彼は走るのがままならなかった。
だがそんな彼の前にようやく外に通じる扉が現れた。
彼はその扉を押し開け外に出る。
「何とか外に出られたぞ。城は一体どうなっているのだ?」
外に出た彼は真っ先に王城の方を見る。
そんな彼の目に飛び込んできたのは、煙を上げて崩れ落ちた城の姿であった。
そんな彼の上を、大きな音を響かせながらB−1Bが飛び去る。
「ア、アァ……どうしてこんなことに……」
彼は膝からガクッと崩れ落ちた。
王国のシンボル、そして彼が先程までいた場所である王城が崩落するさまは彼に強すぎる衝撃を与えた。
実際は正殿以外に被害はないのだが、彼は城全体が崩壊していると思っている。
アルベルトはしばらく呆然とそのさまを見ていた。
そして彼が視線を下に向けると、驚くべき光景が彼の目に飛び込んでくる。
「あれは王国騎士団? なぜあんなところに集まっているんだ?」
アルベルトの眼下には、整列する騎士団の姿があった。
そこにはいないはずの騎士団がいたことに彼は驚く。
彼はもっとその様子を注視することにした。
「あの旗はグレースの旗……はっ、まさか反乱か!?」
アルベルトは騎士団の掲げる旗を見た時すぐにピンときた。
それは第一王女であるグレースの旗だった。
つまりそれは王国騎士団がグレースに味方していることを意味する。
だが、アルベルトにはどうすることも出来ず、ただそれを見ることしか出来ない。
そうしているうちに、騎士団は王都内へと突撃していった。
「まずい、このままでは俺の身もまずいぞ。俺は父上と一緒にグレースの意見に反対し続けていたからな。もしも捕らえられたら……」
アルベルトは思考をめぐらせる。
彼の頭には処刑台に登らされる自分の姿しかなかった。
実際グレースが父親である前国王を捕らえた時にはただ牢屋に入れただけなのだが、彼がそんなことを知るはずもなかった。
「今すぐに逃げなくては。だが何処に逃げる? いや、そんな事は走りながら考えよう」
アルベルトは後ろの森に向けて走り始めた。
◇
そしてアルベルトが走ること1日と半分。
今のボロボロの姿で走り続ける彼があった。
森や川を越えてたどり着くまでの間、彼は襲いかかる魔物と戦いながらここまでやってきていた。
彼自身は王子であったということもありかなり剣術の腕は立つのだが、なにせ逃げてきた時に持っていたのは護身用の短剣一本。
それを使ってなんとか魔物を撃退していた。
そしてアルベルトの服がドロドロなのは彼が服に足を引っ掛けて何度もころんだからだ。
彼は何度も転びながらも足を動かして前に進んでいく。
そんな今の彼には王族としての威厳は一切なかった。
そんな彼はついにゼーブリック王国との国境に差し掛かっていた。
目の前に見えている川を越えれば向こう側はゼーブリック王国だ。
だが向こう岸には王ゼーブリック国の歩哨が巡回している。
ルクスタント側には人手不足のため歩哨は立っていなかったが、向こう側の歩哨には見つからないよう注意を払って川を渡らなければいけなかった。
彼は真夜中の川に入る。
凍えるような寒さの中、彼は何とか対岸にたどり着いた。
だが彼は渡りきった達成感と極度の疲労から木にもたれかかり、そのまま眠りについてしまった。
◇
「起きてくださーい」
アルベルトは何者かに揺さぶられて起こされる。
彼がゆっくりと目を開けると、そこは昨日の川岸ではなく、何かの建物の中であった。
「うっ、ここは一体何処だ……」
アルベルトは重い体を起こそうとする。
よく見ると、彼の前には鎧を着て槍を持った兵士がずらりと立っていた。
彼は目をこすって起き上がる。
「ようやく起きられましたか」
立っている兵士の中から真っ黒な服を着た男が現れた。
彼らに服装はルクスタント王国のものとは異なるものであった。
彼はアルベルトの枕元に立って言う。
「ここはゼーブリック王国の王都にある騎士団詰め所です。あなたが倒れているのを国境警備の歩哨が発見したため保護いたしました。見る限りあなたはルクスタント王国の王太子、アルベルト様で間違いないですか?」
アルベルトは頭を縦にふる。
それを見た真っ黒な服の男は「そうですか」と言って、自己紹介をする。
「私はゼーブリック王国保安局のものです。名前は仕事の都合上伏せさせていただきますが、アルファとでもお呼びください」
アルベルトは自己紹介を聞いて内心舌打ちをした。
なぜならゼーブリック王国保安局はルクスタント王国でも謎に包まれた集団だと有名であったからだ。
「で、その保安官さんが何のようだ?」
アルファは笑っていった。
「できればアルファと呼んでください。で、目的ですが、端的にお聞きします。そちらの国にいた特務隊から王城が突如爆発したとの情報が入りました。それに加えてルクスタント王国の王太子という立場のあなたが国境で倒れていた。あなたの国で一体何が起こったのですか?」
しばし場を沈黙が支配する。
アルベルトの心のなかにはそこまで情報が早いのかとの思いがあった。
やがてアルベルトはため息を1つついてこう言う。
「分かった。助けてもらった礼もあるし話そう。だがここではダメだ、人が多すぎる。どこか人の少ない場所で君に話そう」
「分かりました。すぐに部屋を手配いたします」
アルファは後ろの兵士に何かを言って部屋を手配させる。
そしてアルベルトはベッドから降り、アルファの支えもありつつ歩き始めた。