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第70話 神による戴冠

「イズン様、どうしてここにおられるのでしょうか?」


 俺は突如やってきたイズンに尋ねる。

だが彼女は首を傾げていった。


「なんでって、あなたが呼んだんじゃない?」


 イズンはそう言ったが、俺にはなんの心当たりもなかった。

……いや、そういえば1つ心当たりがあるぞ。

それはさっき歌った讃歌の歌詞だ。


「もしかしてとは思いますが、俺の歌った讃歌を聞いて来たのですか?」


「そうよ。呼ばれたから降臨したってわけ」


 神様ってそんなに簡単に降臨してもよいのだろうか。

現に周りはひれ伏しているし、あまりいいことではない気がする。


「ところで、今は何をやっているのかしら?」


「そこにいる友人のグレースの戴冠式ですよ」


 俺がそう言うと、イズンは「戴冠式ねぇ〜」と言って歩き回る。

その時に横を通り過ぎられた教皇がガクガク震えていてかわいそうだった。

彼女は一通り歩き回った後、元の場所に来て言った。


「何となく状況は読めたわ。つまり私の思い違いだったってわけね」


 イズンはそう言って腕を組む。

しばらく会場内に静寂が流れた。

その後、彼女は口を開いてこういった。


「折角の機会だし、私があなたに戴冠してあげるわよ。あなたは戴冠式は執り行っていないでしょう?」


「えっ、俺に戴冠するのですか?」


「そうよ。ほら、こっちに来なさい」


 俺はイズンに手招きされて舞台上に渋々降りていく。

舞台上に降りた俺はイズンの前へと歩み寄った。


「うーん。その格好が似合っていないとは言わないけれども、戴冠式にはふさわしくないわね。というわけで……」


 彼女は右手を振りかざした。

それと同時に俺の周りを濃い煙が包む。

その煙が晴れる頃には、俺は白色の服に真っ赤な長いマントを羽織った姿に変わっていた。


「これでセッティングは大丈夫ね。じゃあ始めましょうか」


 イズンは「その前に」と参列者の方を向く。

そしてこう宣言した。


「この場に集っている全てものよ、面をあげよ。これより創造神イズンがルフレイ=フォン=チェスターに冠を授ける。全てのものはその光景を目に焼き付けよ」


 地面に顔を伏していた全ての人間が顔を上げる。

参列者にガン見されながら、俺の戴冠式が何故か始まった。


 俺はグレースに習い両手を胸の前で交差させ、片膝を付いてひざまずく。

イズンはそうしている俺の頭にゆっくりと冠を載せた。


「さぁ、立ち上がりなさい」


 俺はイズンに差し出された手を取って立ち上がる。

そして立ち上がった俺はイズンから右手に王錫、左手に宝珠を持たされる。

彼女の方を見ると「前を向きなさい」と顎で示されたので、俺は前を向いた。


 前を見ると、参列者は全員祈るようなポーズを取っている。

俺は何となくそれっぽい感じに王笏と宝珠を高々と掲げた。

こうしてここに、神によって戴冠された皇帝が誕生した。


 会場内にいた全てのルクスタント王国の貴族、王族、他国の使者、そしてグレースから拍手が起こる。

グレースの戴冠式のはずだったがなんだか俺が奪ってしまったみたいになってしまったな。

あとで謝っておこう。


「さて、私は帰ろうかしら……と思ってけれど、せっかくの機会だし何かお祝いをして帰ることにするわ」


 イズンはつかつかと歩いていく。

そして彼女は舞台内に設置されたピアノの前で止まった。


 先程までピアノを弾いていた人はイズンに席を譲った。

そして彼女は椅子に腰掛け、何らかの楽譜を取り出した。


「成程、いい歌じゃない。せっかくだからこれを弾きながら歌わせてもらうわ」


 イズンはそう言うと、ピアノの鍵盤を叩き始める。


"    我らが皇帝よ 神の愛し子よ  


   神に与えられし 御旗を掲げ


  はためくその旗は 我が誇りなれ


      我が君は 我が国は


    平和を世界に 与えん


      我が君は 我が国は


    平和を世界に 与えん     ”


 王城内いっぱいに響くハイドンの譜。

イズンが歌うその歌は、おそらくクラウスが作曲していたものだろう。

そして彼女の歌声はまるで天にでも召されそうな美しいものだった。


「あらためておめでとう。じゃあ私は帰るわね」


 イズンの体が少しずつ空に浮かんでいく。

彼女は足の下からゆっくりと透けていき、やがて完全に消えた。


 彼女が消えると、会場内にもう一度大きな拍手が巻き起こる。

俺とグレースは並んで立ち、2人とも戴冠を盛大に祝われた。





 戴冠式の日の夜中。

王城内では夕食パーティーが開かれていた。

本来は主役はグレースだけだったが、イレギュラーがあったため急遽俺の分の席も作られた。


 俺は次々と運ばれてくる料理を堪能していた。

パーティーの出席者等は振る舞われた料理の中で、特にイレーネ島で採れるコカトリスの肉を使った料理を気に入ったようだ。

因みにあの肉は知る人ぞ知る絶品食材として高値で取引されているらしい。


 食事が終わり、社交の場へと移行していた。

次々と王国の貴族がグレースにお祝いの言葉を述べたり、他国からの使者からの贈り物などを受け取っていた。


 俺の方には急だったので何も用意はされていなかったが、来る人来る人が全員俺を拝んだり、握手をねだってきたりした。

俺が握手してあげると、その人は天国に登れるとか言って大喜びしていた。


 おや? 次の人間は見たことがあるな。

確かこの国から俺の島に派遣されてきた宰相とかいうやつだ。

名前は確か……そうそう、オイラー=ライヒハルトだ。


「お久しぶりにございます。その時は、その……誠に申し訳ございませんでした」


 宰相は頭を下げて謝る。

だが俺はそんなに気にしていないので別に謝られなくてもいい。

俺が頭を上げるよう言うと、彼は渋々頭を上げた。


「久しぶりだね。そういえば1つ聞きたかったんだけれども、島での軟禁生活でなにか問題はなかったかい? もし何かあって捕虜虐待になったら困るから」


 宰相はキョトンとした顔をした後、ニッコリしていった。


「何を言っておられますか。あそこで出る料理は全て絶品、毎日でもいたいぐらいでございます。特に帰りの船で食べた肉じゃがという料理は今まで生きてきて1番に美味しい料理だと思います。その点はバルテルスも同じ考えでございます」


 そうか、喜んでくれたならばそれで良い。

俺は最後に彼が今何をしているのかを聞いた。


「今は宰相の職を捨て、1人のただの貴族として働いております。前ほどの豪華さはありませんが、非常に充実した毎日を送っております。それに家族と触れ合う機会も増えたので、今更に幸せというものを感じております」


 彼自身も変わることが出来たようだ。

彼が幸せを感じられているのであれば、この処置で間違っていなかったのだろう。

彼はもう一度頭を下げ、その場を辞した。


 そろそろお祝いの列も途切れ、参加者が各々自由な相手と話し始める。

オリビアも上手く話せているようで、外務大臣としての初仕事も何とかなってそうだ。


 そういえば俺はまだグレースにプレゼントを渡していなかったな。

俺はオリビアのもとへと近寄っていく。


 オリビアは俺が近づいてくるのを発見すると、恭しく頭を下げた。

俺が彼女に例のものを渡すように言うと、彼女は着ているドレスをまさぐって取り出した。

……どこから取り出したのかは考えないでおこう。


 俺は箱を持って自分の席に戻る。

そしてグレースを少しつつき、彼女に少し外に出るよう促した。


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