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第47話 ルフレイ、肉屋になる

 イレーネ湾に近づくと、2隻のタグボードが出迎えに来る。

比叡はタグボートの援助で湾内へと進入する。

そしてタグボートは比叡の船体を桟橋に接舷させた。


 比叡の右舷からラッタルが下ろされ、俺たちはそれを使って上陸した。

島を出る前には絶賛工事作業中だったこの基地も、大部分の整備が完了している。

残るは基地の南部分に建設される造船、修理用のドック群と、付属する飛行場だ。


 周りを見ていると、懐かしいものが目に入る。

それは最初の仲間である第一小隊の面々であった。


「おかえり司令。あっちでの生活は楽しかったか?」


 先頭に立っていたロバートが話しかけてくる。

彼も少しの間王国に滞在していたが、『松輸送作戦』にてイレーネ島に先に帰還していた。


「皇帝にまでなっちまった司令のための良い建物を準備してある。ついてきな」


 ロバートはそう言うと先に歩き出す。

その後ろに小隊の隊員と俺、そしてフローラと櫂野大佐が続く。


 しばらく基地内を歩いていると、いきなり開けた場所にでる。

そこには赤レンガで作られた優美な建物が建っていた。

まるで大正の日本を彷彿とさせるその建物に俺は見とれる。


「これは鎮守府の庁舎なのだが、司令が皇帝になるって聞いた工兵部隊の連中が司令の仮の宮殿としても利用できるようにと張り切って作っていたぞ。俺も一度中に入ったが、なかなかに豪華な内装だったな」


 建物の前までたどり着いた俺は、正面玄関の扉を開ける。

中に入るとそこは吹き抜けになっており、天井にはシャンデリアが煌々と輝いていた。

床にも高級そうな絨毯がひかれており、工兵部隊の頑張りが伝わってくる。


「どうだ? あいつら恐ろしいものを作っただろう。まぁここは仮の宮殿であって、本来は鎮守府の庁舎となる建物だから大きさ自体は控えめらしい。本物の宮殿を作るときはこれ以上のものを作り上げると言っていたぞ」


 これ以上の建物って……

そこまでやったらもはやヴェルサイユ宮殿なんかよりも立派な建物になるのではないだろうか。

頑張ってくれるのはすごくうれしいけれど、もう少し控えめでも良い気がする。

というかそもそも俺は宮殿の建設なんて頼んでいない。


「なんという調度品の美しさ……これがルフレイ様の国の技術力なのですね」


 これはただただ工兵部隊の誰かが呼び出したものだろう。

軍で使用されていたという事実があれば何でも召喚できるので、家具なんかも呼び出せるわけだ。

つくづくこのスキルはチートだと思う。


「鎮守府庁舎兼仮の住まいの見学も終わったところで司令、例の肉はもう用意してあるから見に来てくれないか」


 俺は事前に肉を集めておくよう指示を出しておいた。

今回は素材も同時に処理しており、それらをフローラに査定してもらうのが今回彼女がここに来た理由でだ。

早速案内してくれというと、ロバートは先頭に立って歩き始めた。


 庁舎から歩くこと数分、俺たちは魔物の肉類が保管されている工廠内の一室へと案内される。

中には前に持ってきたコカトリスの肉以外にもダークウルフ、デスホーンラビットの肉が並べられている。

さらにその横にはコカトリスの羽毛やダークウルフの毛皮、デスホーンラビットの角など、商品になりそうなものがきっちりと処理されておいてあった。


「これらの素材は飽きるほど採れるからね。売れるかどうかは分からないよ」


 俺の小言を無視し、フローラは早速それらのものを査定し始めた。

全ての肉と素材を手で持ったり、触ったりして丁寧に査定を進めていく。

査定が終わったフローラはこちらを振り向いてゆっくりと話す。


「いいですか? 落ち着いて聞いてください。正直これほど素晴らしいものを今まで私は見たことがありません。良ければ私たちマルセイ商会とこれらの売買に関する独占契約を結んでいただけませんか?」


 彼女は真剣そうにそう話す。

この前に見た彼女の印象とは異なり、仕事モードに入っているようだ。

そんな彼女の様子を見る限りちゃんと商品として売れそうだ。

だが独占契約とな……それほどまでのものなのだろうか。


「もちろん独占となりますのでそれ相応の契約金はお払いいたします。私はただ利益を独り占めしたいわけではなく、これにはもっともな理由があるのです。先ほど飽きるほど採れるといいましたよね?」


 俺は頷く。

だがそれにどんな理由があるのかはイマイチ想像がつかない。

そんな俺に彼女は理由を分かりやすく説明していた。


「王国では、モンスターを狩ってそれらの素材を売却して生活する冒険者と呼ばれる職業の人が大勢います。では仮に安くて高品質、それに大量の供給のあるこれらの肉が市場に流れ込んできたら?」


 彼らは職と稼ぎを失う、そう答えると彼女は「当たり」と返す。

確かにただ売りさばくだけでなく、この世界の住民の生活も考慮しないとな。

そんなことを一瞬で思いつく彼女に俺は驚く。


「そのうえで、それらの素材を高級品として貴族などの富裕層をターゲットに販売していきたいと思います。幸い私の商会にはそれらとのつながりがあるので滞りなく販路は確保できると思います」


 つまりブランド化するということか。

それらが売れれば大きな利益も期待できるし、この島の知名度も上がるだろう。

販売は商会がやってくれるので俺には得しかない。


「どうでしょうか、私たちとの独占契約の締結をご検討いただけないでしょうか」


「もちろん締結するよ。これからどうぞよろしくね」


 俺の言葉を聞くと彼女は飛び上がって喜んだ。

少し喜んだ後、再び仕事モードに戻って続ける。


「ゴホン……失礼しました。では締結に伴ってこちらから独占金をお支払いいたします。額は……白金貨5枚ほどでよろしいでしょうか」


 白金貨5枚といわれても、俺にはピンとこない。

なにしろ王都に2か月もいたのにお金の1枚も握ったことがない。

この前のお出かけだって全てグレースが払っていたからな。


「すまん、白金貨5枚ってどれぐらいの額なんだ?」


「ざっと貴族の月収ぐらいですかね」


「」


 いや高すぎるだろ。

こちらはただ輸出するだけだから大した手間もかかるわけではないのに、さらにお金をもらうのは忍びない。

だが俺が断ろうとしていた時にはフローラはもう白金貨の入った袋を櫂野大佐に手渡していた。

櫂野大佐は櫂野大佐で「まいど」とか言っているのでもうあきらめよう。


「そういえば、試食用にと用意してあったカレーがもうそろそろ出来上がっているんじゃないか? ちょうど昼ごはんの時間帯だし食べに行こう」


 ロバートのそのカレーという言葉に俺の腹が反応する。

今日は朝ご飯を食べ逃したので腹が減っているんだ。

俺たちは昼食会場に向かうことにした。


 その後、鎮守府内の食堂で俺たちはカレーを堪能した。

特にフローラはカレーという食べ物が初めてだったらしく、大いに喜んでいた。

昼ご飯を食べ終えた俺たちは、フローラを王国に送るために比叡の元へ行っていた。


 彼女はラッタルを上り、最上甲板に出る。

そして桟橋にいる俺に向かって手を振ってきた。

俺もそれに手を振って返す。

彼女を乗せて比叡は再び王国へと向かって航行する。


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