学園から帰ると早速夕食が始まった。
結論から言うと、カールはずっとグレースと母親のマリーに甘えていた。
彼女らもカールを思いっきり甘やかしており、それは見ていて微笑ましい光景だった。
で、食事も終わり今は昨日と同じ部屋に戻っているのだが……
「ねぇ、今から寝るからもう部屋から出ていってもいいよ」
「いえ、メイドたるもの常にご主人様の側に仕えていなければならないのです」
昨日から俺の世話をしてくれているメイドが部屋の隅に突っ立っていた。
さっきから別に出ていってもいいと言っているのだが、「メイドたるもの〜(以下省略)」といって聞かないのだ。
俺も気になって寝れないので正直出ていってほしいが強制した言い方は出来ない。
彼女はあくまでも彼女の仕事を忠実にこなしているのだから。
「もしかして、昨日俺が寝た後も一晩中ずっとそこに居た?」
昨日はそのまま寝入ってしまったが、もしかしたら昨日も一晩中居たのかもしれない。
もしも彼女が寝ていなかったら、彼女の体に障るので自分の体を1番にして休んでほしい。
あと寝ている間何をしていたのかが気になる。
「勿論昨日もおりました。僭越ながらかわいらしい寝顔も拝見させていただきました」
そんなものを見るなよ。
男の寝顔なんて見ても何も面白いこと無いだろう。
とにかく今日はゆっくり休んでもらおう。
「とにかく、今日はゆっくりと休むように。自分の健康は大事にしないといけないよ。もしもどうしても俺の側から離れないと言うならこのベッドで寝ていていいよ。俺は椅子で寝るから」
「ですがそれでは御主人様が……」
「良いんだよ、別に椅子で寝ることは慣れているからさ。あとこれは主人からの命令だよ? ちゃんと遂行してね」
命令、その言葉を聞くと彼女は渋々ベッドに入った。
俺は椅子に腰掛けて眠る体制に入る。
そういえば彼女の名前をまだ聞いていなかったな。
「そういえば君の名前をまだ聞いていなかったね。君の名は?」
「私はオリビア=ハート。気軽にオリビアとお呼び下さい」
「そうか。じゃあオリビア、おやすみなさい」
そう言って俺は部屋の魔石ランプを消した。
椅子に座り込むと、やがて俺は眠りに落ちた。
◇
チュンチュン……
鳥のさえずりを聞き、俺は目を覚ます。
が、肌に感じる感覚から起きた場所は昨日寝た椅子の上ではなくベッドの上だ。
昨日はベッドの上にはオリビアを寝かせたはずだが一体どうなっているんだ?
おそるおそる目を開けると、目の前に人の顔が見えてくる。
それはぐっすりと寝ているオリビアの顔であった。
昨日までのキリッとした雰囲気はなく、よだれを垂らし、鼻提灯を作りながら爆睡していた。
鼻提灯を作りながら寝ている人を見るとおもわず割りたくなるよな。
「フゴー……フゴー……フガッ!」
俺が鼻提灯を割ると、オリビアははっと目を覚ます。
当たりをキョロキョロ見回した後、俺の方に向き直る。
「おや、おはようございますご主人様。今日もいい朝ですね」
今更真面目なふりをしても遅いぞオリビアよ。
何よりも口元に垂れるよだれが爆睡の証拠だ!
彼女もそれに気づいたらしく、あわててよだれを拭った。
「俺は昨日椅子で寝ていたはずだが、なんでベッドでオリビアと同衾しているんだ? もしや昨日俺が寝ぼけてそっちの布団に入ってしまったか?」
「それは勿論私がご主人様をベッドの中に運び込んだからであります」
一体どうしてそうなったのだ。
俺は爆睡していたから良いものの、一歩間違えれば俺が襲ってくるとか考えなかったのであろうか。
それともそんなことは全く知らない超天然なのだろうか。
ともかく男女同じベッドに入っているのはマズイ。
誰かに見られでもしたら一体どうなることやら。
「ご主人様は私にベッドで寝ろとおっしゃいましたが、私は御主人様に使えるメイド、やはりご主人様にはベッドで寝ていただきたいのです。私のメイドとしての願いとご主人様の命令を一緒に遂行するにはこれが最適でした」
そうか、そうなのかもしれないな。
そういうものだと受け入れ、俺は考えることを諦めた。
これ以上考えても何も理解できない気がする。
俺は昨日と同じく制服に着替え、食堂に向かった。
昨日と同じメンバーで食事を終えた後、俺は昨日は留守番をしてもらっていた櫂野大佐に任務を与えることにする。
任務内容は、比叡によるイレーネ島からの魔石及び魔物の肉、および収容されている捕虜の輸送だ。
戦艦を輸送任務に使うとは、中々豪華だと自分でも思う。
彼がスムーズに移動することが出来るよう、俺は車を用意してあげよう。
召喚するのは黒塗りのクラウンでいいかな。
彼のベースは戦前の日本人なので少しばかり驚くかもしれないが。
俺は櫂野大佐を呼び出した。
「櫂野大佐、突然にはなるが君に任務を与える」
任務、と聞くと彼は背筋を伸ばす。
見た目はもういい年の櫂野大佐が若い俺の話を直立不動で聞いているのは少し違和感があるが、俺のほうが階級が上だからしかたないな。
「任務はズバリ、比叡を用いた輸送作戦だ。具体的にはイレーネ島本島から魔石と魔物の肉、及び捕虜2名を輸送してもらう。本作戦の作戦名は『松輸送作戦』とする。比叡につき次第、本島と連絡をとるように」
「分かりました。『松輸送作戦』、必ず成功させます。それにしても松輸送作戦ですか……。潜水艦のトラウマが蘇りますね。まぁその時にはもう比叡は沈んでいましたが」
この世界には水面下の脅威など全く存在せず、それに戦時下でもないのでのんびりとした航海になるだろう。
俺は外に出て、移動用のハンヴィーと物資輸送用の軍用トラックを数台召喚してあげた。
櫂野大佐はおそるおそるハンヴィーに乗り込む。
「ほう、これが戦後の車ですか。あの頃に比べて随分と技術も向上したのですな」
ハンヴィーのシートに深々と座り込み、感心するようにつぶやく。
俺は車の扉を締め彼を送り出そうとしたが、グレースが走ってやってきた。
「ルフレイ、これは一体何なの? 魔物……では無さそうだけれども」
グレースは車を見て変な声を上げる。
この世界に車はなく、陸上の移動手段といえばもっぱら馬車だからな。
「これは車だよ。俺達は移動に馬車ではなく車を使うんだ。馬が必要ないし馬車よりも早く快適だよ」
「そんな便利なものがあるのね。あの船を見たらその技術力にも納得だけれど。まぁ何処から出したかは深く考えないでおくわ。それよりも、これを持っておきなさい」
グレースが手渡したのは、何かの紋章の入ったバッジのようなもの。
この国の通行手形であろうか。関所を通過する際に必要なのだろう。
こっちに来るときは馬車を借りてきたから気にもしなかった。
「では司令、行ってまいります」
櫂野大佐を乗せたハンヴィーとトラック達はフォアフェルシュタットに向けて出発した。