目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報

第8話 逸れていく物語

 子ヤギたち「おかあさん……?」


 先ほどの狼とは全くと言うほど違う。

 低く唸るような声ではなかった。

 しかもその声は聞き覚えもある。

 それは──優しくて穏やかな“母山羊”の声だった。


 ゆきと「っ……」

 思わず身を固める僕たちの中で、幸人がすっと音を立てないように、戸の隙間に目を近づけた。

 見えたのは、白く柔らかそうな毛並み、大きさも形も──確かに“母山羊”そのものだった。

 ゆきと「白い毛並み、大きさ、声…母山羊の特徴と一緒だ。」


 だけど、僕たちは先ほどの狼の出来事で、簡単には信じられない。


 子ヤギ(桃)「おかあさんだ!」


 子ヤギの一匹が叫び、すぐに他の子ヤギたちも顔を輝かせて戸へ駆け寄った。

 子ヤギ(水色)「このこえはぜったいおかあさんだ!」

 子ヤギ(青)「やったやった!かえってきた!」

 子ヤギ(緑)「このこえをききまちがえるはずないよ!」


 りこ「ちょ、ちょっと待って!ストップ!ストップ!ストップ!」

 莉子があわてて立ち上がり、子ヤギたちの前に立ちはだかる。

 りこ「まだ開けちゃダメだよ、確認するまで……」


 おとは「そうですわ。…焦ってはいけませんわ……!」

 音羽も慎重に声をかける。


 そんな混乱の中──


 かむい「………」

 彼の足元で眠っていた子ヤギが、ひょこりと起き上がったかと思うと、トコトコと小さな足音で、部屋の隅にある古時計の中へ入っていった。

 神威はそれを黙って見送った。


 そして──カチリ、と小さな音が鳴った。


 子ヤギ(黄色)が、ピョンピョンと軽快なステップで莉子と音羽の足元をかいくぐって走っていき、戸の鍵を開けてしまったのだ。


 「ちょ…、待っ──」


 ガタン、と戸が勢いよく開いた。


 すぐさま道後が身を乗り出す。

 その時、道後は──《守護結界(ガーディアンリレー)》を張ったままでは、飛び出した子ヤギが跳ね返って怪我をしてしまうと判断し、咄嗟に結界を解除していた。


 そして、そこに立っていたのは──


 子ヤギ(黄色)「……おかあさん!」


 間違いなく、母山羊だった。

 柔らかな白い毛並み、優しげな眼差し、あの穏やかな声──どれも偽りなく、まるで何事もなかったかのように立っていた。


 子ヤギ(紫)「おかあさん!おかえりー!」


 子ヤギたちは歓声をあげて母山羊に飛びつく。

 その姿に、僕たちも一瞬だけ、緊張の糸を緩めてしまった。


 おとは「……おかえりなさい。ご無事でなによりです」

 音羽が小さく呟く。


 母山羊は、僕たちに向き直ると、丁寧に頭を下げた。

 母山羊「この子たちを見てくださって、本当にありがとうございます」


 子ヤギ(青)「あのね!おかあさん、おおかみがきたんだよ!」

 子ヤギ(水色)「でもね、ぼくたちおいかえしたの!」

 子ヤギ(緑)「ちょっとこわかったけど、へいきだった!」


 子ヤギたちは次々と口を開き、誇らしげに話す。

 それを聞きながら、母山羊はうんうんと穏やかに頷いていた。


 ──でも。


 ゆきと「……おかしい…」


 幸人が、ぽつりと漏らす。


 どうご「おかしいって、なにがおかしいんだよ」


 ゆきと「本来この物語、狼は二度来るはずなんだ。昼に一度来て……その後、母山羊が帰ってくる前に、もう一度来る。その時に子ヤギたちは……六匹、食べられる」


 どうご「はあ? 何言ってんだよ」


 道後くんが怪訝そうに睨む。


 どうご「狼は追い払って、母山羊は無事帰ってきたんだ。子ヤギたちも全員生きてる。それのどこがおかしいんだよ」


 ゆきと「……いや、それが“変”なんだ。あまりにも都合が良すぎる」

 ゆきと「童話の筋からも、もうすでに逸れてるんだ」


 りこ「でも、それって……」

 莉子さんがゆっくり言った。


 りこ「私たちがいるから、回避できたってことじゃないの?」


 ゆきと「…………」


 幸人は、それ以上言わなかった。

 けれど、どこか引っかかっているようだった。僕も──同じだった。


 れい(ほんとうにこれでいいのかな。このまま何もないのかな。考え…すぎ?完結の条件がさっぱりわからない……)


 そのとき、子ヤギの一匹が声をあげた。


 子ヤギ(青)「おかあさん!おなかすいた!」


 母山羊「ええ、わかっているわ。今日はお客さんもいるからたくさん採ってきたの。」


 母山羊が袋から取り出したのは、色とりどりの木の実や果実。

 子ヤギたちは歓声を上げて、我先にと食べ始める。


 母山羊「皆さんも、こんなものでよければどうぞ。お礼に持ってきたんです」


 りこ「じゃあ、お言葉に甘えて!」


 莉子が真っ先に口をつけ、道後も豪快に頬張る。

 どうご「うめぇ!」


 お腹が空いていたのだろう。どんどん木の実がなくなっていく。


 おとは「……い、いただこうかしら」

 音羽もそっと手を伸ばし、

 おとは「こ、これってどうやって食べたらいいのかしら?」

 音羽は初めて見た木の実や果物をどう食べたらいいのかわからず、莉子を見ている。

 その視線に気づいた莉子は音羽の方へ近寄った。

 りこ「これはそのままかじるのよ」

 と、リンゴをかじって見せた。

 音羽「く、果物の皮って食べれるのですね…は、初めて知りましたわ…」

 音羽の無知っぷりに莉子は笑って言った。

 りこ「あはっ!音羽ちゃん何言ってんのよー、もおー…変なこと言わないでよねー!」

 音羽は恥ずかしがりながらかじってみせた。

 おとは「まぁ!とても美味しいですわ!」

 音羽は目をキラキラさせて、莉子に(こちらは?…それではこちらは?)と木の実や違う果物を持ってきては莉子と食べ始めた。


 僕もつられるように果実を口に運んだ。


 ほんのり甘くて、優しい味がした。


 れいが(よしっ!)と覚悟を決めると勇気をだして口を開いた。

 れい「ゆ、幸人くん、と、神威くんも一緒に…た…べない?」


 それを聞いた幸人は、少し笑ったように見えた。

 ゆきと「……いただいておこうかな」

 神威も頷くと立ち上がった。


 幸人と神威も、黙って木の実を口にした。


 れい(…やった!ぼ、僕でも誘えたぞ!!)

 れいは心の中でガッツポーズをした。


 子ヤギたちも食事している時はとても静かで、でもこの静けさはれいは嫌いではなかった。



 母山羊「───あら?一匹、いない…」

 母山羊が周りを見渡していた。

 りこ「赤ちゃんならさっきまで神威くんの足の上にいたのに」

 と神威の方を見た。

 かむい「………」

 神威は黙って木の実を食べて何も言わなかった。


 すると食べ終わった子ヤギたちが母山羊の所にきた。

 子ヤギ(紫)「おいしかった!いつもありがとう!」

 子ヤギ(青)「あかちゃんまたいなくなったの?」

 子ヤギ(緑)「いつもいなくなったりかえってきたり」


 母山羊「まぁ、外はもう暗くなってるから、心配だわ…」

 れいも赤ちゃんが居なくなり不安そうな母山羊を見ていた。

 れい(そうだよね…心配の色にもなるよね…一部違う色と波紋があるけど…周囲の色と混ざってよくわからない…)

 れい(───近くで密集していると判別できないのか…)


 そして、全員でそれを完食すると、母山羊はうれしそうに微笑んだ。


 りこ「……ご馳走様でした。美味しかったわ。ありがとう」

 莉子がそう伝えたあと、ふと口にする。


 りこ「ねえ……これって、いつ終わるのかな」


 その言葉に、僕は小屋の壁の方へ、目を向けた。


 ──小屋の壁から伝わってきていた陽の光がなくなり、外は壁で見えていないが、外がすっかり夜の帳に包まれている事はわかった。


 "誰も知らない"夜が、ゆっくりと静かに迫っていた。

この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?