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第9話 夜の帳と明日の計画

 あたりはすっかり暗くなっていた。外では虫の音が鳴き始め、小屋の中にも静かな空気が満ちている。


 幸人が、低い声で話を切り出した。


ゆきと「……これからなんだが」


 全員の視線が、彼に向けられる。


ゆきと「まずは……ここから先は、もう童話通りという保証はない。物語からは逸れて、何をすれば“完結”なのかも、俺たちはまだ全く糸口すら掴めてない」


 慎重に言葉を選ぶようにしながら、幸人は続けた。


ゆきと「だから……明日からは、それを探っていく必要があると思う」

れい「そ、そうだね」

おとは「探るとはどうするつもりですの?」


 幸人は少し険しい顔をして言いにくそうに話す。


ゆきと「この童話を知ってる人はいるか?」

 その質問に莉子、音羽、れいが手を上げる。

ゆきと「僕は、童話の物語の出来事を沿っていくのが今、完結に繋がると思っているんだ」

ゆきと「だが、今の状況だと物語を本来の話に戻す必要があると思うんだ。ただ、そうすると…」

 ゆきとは全てを語らず母山羊の方を見ていた。

ゆきと(……最悪、僕一人ででも…やるしかない)


 その時、幸人が言ってるその意味を理解していた者はほとんどいない。


 沈黙がひとつ落ちたあと、莉子が話し出す。


りこ「えーっと、それより今日ってどこで寝るの?さすがにこのまま外ってわけにもいかないよね?」


 道後が腕を組みながら、ぽつりと呟く。


どうご「この小屋か、小屋の外しかねぇだろ。野宿なんざしたことねぇけどな」


 けれど、誰もそれに返せなかった。たしかに、地面に寝るなんて考えたこともない。


 そんな空気を察したように、母山羊がふと微笑む。

母山羊「よければ、この小屋を寝泊まりに使ってください。狭いですが、藁くらいは敷けますから」


子ヤギ(紫)「わーい! 泊まって泊まってー!」

子ヤギ(青)「ここで一緒に寝ようよ!」

 子ヤギたちも嬉しそうに賛成してくれて、莉子がぺこりとお辞儀をした。


りこ「じゃあ……お言葉に甘えさせてもらっても、いいですか?ほんっとうに、ありがとうございます」


 僕たちも、それぞれ頭を下げてお礼を言った。


 そして、藁を使って即席の寝床を作る。男女で分かれて寝床を作っていたのだけれど、明らかに女性側のほうが藁の量が多かった。


 それに気づいた道後が一言言いかけた時、莉子がすっと音羽さんの肩を抱きながら言った。

りこ「当たり前でしょ?こんな可愛い子を、硬い床で寝かせるつもり?」


れい(れ、冷静な顔で……堂々と言ってのけた。)


 音羽は顔を真っ赤にして、うつむきながら小さな声で、

おとは「わ、わたくしは……べ、別に……硬くても……」

 と言いかけたけど、すぐに莉子が口に小さな果物を詰めてしまった。


 おとは「んっ!もぐっ……」

 口の中でもごもごしていたけど、もう何を言ってるのか分からない。


 そんなこんなで寝床問題も一件落着。

 子ヤギたちが眠たそうに目をこすっている。


 神威は一人、古時計の方へ歩いていき古時計の下の隙間に手を伸ばした。

 赤ちゃんがあれから一度も出てこないのを気にかけていた神威は食事を少し残していたのだ。

かむい「ここに食べ物を置いておく。気が向いたらお食べ」

 神威は赤ちゃんにだけ聞こえるくらいの声でそう伝えると寝床に戻った。


 道後が、僕たちを見渡して訊いた。


どうご「で、明日からはどうすんだ?」


 幸人が少し考えて、答える。

ゆきと「今日は“守った”ことで物語が変わったのかもしれない。明日は、もう少し違う動きをしてみたいと思ってる」


りこ「たとえば?なにすんのー」

 莉子が興味津々といった顔で訊くと、幸人は少し目を伏せて、真面目な表情で言った。


ゆきと「………明日の物語の進み方次第で、判断するつもりだ」


 それを聞いた道後が、少しあきれたように口を開いた。

どうご「なんだよ、それ。結局行き当たりばったりじゃねえか」


 幸人がむすっとして、口をへの字に結ぶ。それを見て、莉子がくすっと笑う。


りこ「でもさ、もしかしたら、明日起きた時には……実は“完結”でしたー!とか言って、図書館に戻ってたりしてね」


おとは「ふふっ、それもあり得ますわね」

 音羽も笑って、少しだけ場の空気が和らいだ。


どうご「まぁ、なんだ…。何があっても俺が全部守ってやるから、安心しとけよ」

どうご「……あとなんで俺の周りでこいつら寝てんだよ!せまいだろうが!かあちゃんとこで寝ろよ!」


 と子ヤギたちは自然と道後の周りで寝ていたのだった。


 道後のその言葉に、僕の胸の中がふっと軽くなった気がした。


 ──そんな時だった。


「あーーーっ!!」


 莉子が突然、夜空に響くような大声を上げた。


どうご「ど、どうした!?」

ゆきと「なにかあったのか!?」

おとは「り、りこさん!?」


 みんなが慌てて身を起こす中、莉子は少し恥ずかしそうに頬を染めて言った。


りこ「……お、お風呂入ってない……」


 数秒の沈黙のあと、母山羊がやさしく笑いながら言った。


母山羊「もう外も真っ暗ですから、明日の朝に泉へ体を流しに行きましょうか」


りこ「やったー!温泉じゃないけど嬉しい!」

 莉子が小さくガッツポーズをすると、音羽もそわそわしながら、


おとは「わ、わたくしも……ついて行ってよろしい、かしら……?」

 と控えめに言った。


ゆきと「……みんながバラバラになるのは得策とは思えないから、朝は全員で泉に行こう」


 そう提案した幸人に、莉子がにやっと笑って、

りこ「えっち」

ゆきと「ち、ちがっ……!」

 動揺した声を整えながら、彼は真剣な顔で続けた。


ゆきと「……君たちが水浴びしている時、僕たちが周囲を警戒する。決して覗いたりはしない。君たちが終わったら、今度は君たちが護衛してくれ。それだけだ」


りこ「ふーん……」


 莉子がジーッと幸人を不審者でも見るような目で、じっと見つめていた。


 そして、幸人が声を整えて、話を締めくくる。


ゆきと「じゃあ、明日は朝から泉へ行くところから始めよう」


 それぞれが藁の上に身を横たえた。


りこ「じゃあ……みんな、おやすみ」

 莉子さんが微笑みながら言うと、


おとは「おやすみなさい……」

どうご「おう」

ゆきと「またあした」

れい「お、おやすみ……」

かむい「……」


 それぞれの声が重なって、静かな夜が始まった。


 ──どれくらい眠ったのか、分からない。


 だけど、瞼の裏に差し込む淡い光で、朝が近いことだけは分かった。


 その時だった。


母山羊「いない!! いないわ!!」


 母山羊の絶叫のような声が、小屋に響いた。


 ──僕たちが寝ている間に、すでに“魔の手”は伸びていたのだった。

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