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第12話 勘と違和感

りこ「さーて、じゃあ男どもを守ってあげますか~」

 と軽い言葉とともに、泉のほとりで莉子と音羽、そして子ヤギは残って警護を始める。

 それを背に男組は泉へ向かった。


 太陽が、木々の隙間から差し込み、水面にきらきらと揺れる光を落としている。鳥の声は穏やかで、空気は静けさと安らぎに包まれていたが、張り詰めた緊張が隠れていた。


りこ「……見張り役、しっかりしないとね」


おとは「ええ。とはいえ……ここまで何も起きないのは、逆に不気味ですわ」


 音羽は軽くスカートを払いながら立ち上がり、森の奥へと視線を投げる。どこまでも続いていくような木々の陰が、少しだけ恐ろしかった。


 子ヤギたちは遊び疲れたのか、数匹は石の上で丸まって眠り始め、残りも足元でぺたんと座り込んでいた。


子ヤギ(桃色)「ねぇねぇ、お姉ちゃんたち……もうパパたち、おふろおわったかな?」


りこ「ふふっ、そうね。たぶんもうすぐ戻ってくると思うよ」


おとは「……あと少し、ここで待ちましょう」


 その時、眠っていた子ヤギの一匹が草むらから小さな花を摘み、それをそっと莉子の手のひらに乗せた。


子ヤギ(水色)「これ、おかあさんとパパにみせたいな……きれいかな?」


りこ「うん、とってもきれい。きっと喜んでくれるよ」


 そんなやり取りに音羽がふっと微笑む。風が一陣、木々を揺らして通り過ぎた。


 そのとき、泉の奥から水音と共に男たちの姿が見えた。


どうご「おーい……って、おいコラ、誰がパパだ」


 そう言いながらも、どこか満更でもない表情の道後。彼の背後には神威、幸人、そして少し控えめな様子のれいが続く。


ゆきと「異常はなかったようだな」


りこ「今のところはね。でも、ずっと胸騒ぎはしてる」


 幸人は頷き、周囲を見回した。風の向きが変わり、遠くで小鳥の鳴き声が止んだ。


 ──その刹那だった。


母山羊「みなさん……」


 森の奥から、母山羊が姿を現した。背には果物の詰まった籠。白い毛並みが揺れ、どこか急いできた様子だったが、顔には変わらぬ柔らかい笑みがあった。


母山羊「お昼の食べ物を沢山とってきましたので、小屋に戻って一緒に食べましょう」


どうご「おーっ、もう飯か!」


子ヤギたち「わーい!おひるごはんー!」


 子ヤギたちは嬉しそうに跳ね回りながら、母の周囲に集まっていく。


 れいは"ある方向"だけを見ていた。


れい(……ん?)

れい(……でも、いや、そんなはずは……)


 れいは首を振って思考を断ち切った。


母山羊「…では、帰りましょうか」



 * * * 



 小屋に戻ると、母山羊は慣れた手つきで籠から果物や木の実を取り出し、木の皿に次々と並べていく。


母山羊「これは甘い木の実、こちらは森で採れた山ブドウ……お口に合うといいのですが」


りこ「すごい……どれも美味しそう!」


 音羽は布を丁寧に広げ、皆の前に皿を整えていく。子ヤギたちは待ちきれず、皿を覗き込んでは、わぁっと声を上げていた。


おとは「れい様、どうぞ」


れい「あ、ありがと……ございます」


 渡された果実や木の実は、手に取った瞬間ほんのりと温かく、優しい香りが鼻をくすぐった。


どうご「うまっ……これ、マジで果物なのか?」


子ヤギ(桃色)「このきのみ、おくちのなかでとろける〜」


 笑い声と食べる音が、小屋を和やかに満たしていく。


 しかし、そのなかで──


母山羊「あら……いけない……!」


 母山羊が、手を打つように声を上げた。


れい(…っ!?び、びっくりした…)


りこ「どうしたの?」


母山羊「お水を汲んでくるのを……すっかり忘れてしまっていました」


りこ「あ、じゃあ私も手伝いますよ」


れい「ぼ、僕も……」

れい(………)


 そう名乗り出る二人に、母山羊はすこしだけ困ったように微笑みながら首を横に振る。


母山羊「ありがとうございます。でも……大丈夫です。これもいつも私がやっていることですから」


 そう笑顔で答えた。


れい「……そう、ですか…」

れい(………)


母山羊「では……お水を汲んできますね。皆さんはゆっくり、ご飯を食べながら待っていてください」


 そう言って立ち上がると、子ヤギたちの前にしゃがみ込んで、やさしく声をかけた。


母山羊「おかあさんは、これからお水をくんでくるから……その間、お利口さんにしててね。なにがあっても、おかあさんが帰るまで戸を開けちゃいけませんよ」


子ヤギたち「はーい!おかあさん、きをつけてねー!」


母山羊「はいはい。では、この子たちを、お願いします」


 その言葉を残して、母山羊は扉を開け、そっと出ていった。



 * * *



 静寂が戻った小屋に、幸人の声が落ちるように響いた。


ゆきと「──聞いてくれ、多分、狼が来るとしたら……このタイミングだ」


 その言葉に、全員がぴしりと身体を強張らせる。


りこ「……っ!」


 莉子は素早く立ち上がり、戸に駆け寄って、鍵を閉めた。


りこ「ふぅ…。これで大丈夫……でも、なんでこれから来るってわかるの?」


ゆきと「……勘みたいなものだ。特に確証はない…だが、きっと来る」


 幸人は莉子と音羽をまっすぐに見た。


ゆきと「……あと、今日、もし狼が来たら……その戸を、開けようと思ってる」


りこ「……なっ!?」


 莉子が思わぬ発言に、目を見開く。


りこ「そんなことしたら、みんな……食べられちゃうかもしれないじゃない!?」


ゆきと「……俺たちは物語の中にいるんだ。待ってるだけでは"完結”にたどり着けない」


 その言葉に、音羽が目を細める。


おとは「……危険すぎますわ」


ゆきと「これは多分、必要な行動だ。俺たちは“終わらせるために”ここにいるんだ。物語と向き合わないと"完結"の糸口は見えてこない…と思う」


 言葉の重みが、小屋の中を満たした。


りこ「……勘で命懸けるなんて、ほんと……バカね」


 小さくため息を吐きながら、莉子は言った。


りこ「わかったわ。なにかあったら、私の《代価の契約(バース・トレード)》でどうにかしてあげるから思いっきりやりなさい」


おとは「わたくしの《幸運の誘導(ラッキー・ガイド)》でも、最悪は……避けてみせますわ」


 二人の声に、幸人は深く頷いた。


 ──そのときだった。


 ザッ、ザッ、ザッ……。


 外から、近づいてくる足音がする。


 木の床がぎしりと軋んだ。誰もが息を呑む。


ゆきと「……来た」


 ピンと張り詰めた空気の中──


???「──お母さんだよ。開けておくれ……」


 その声は、穏やかで、やさしかった。


 小屋の中に、再び深い深い沈黙が降りた。

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