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第3話 冷え切った再会

 緊迫した声と、足早に行き交う複数の足音。何事だろうか。


「……まさか」


 ぽつりとこぼした父が、足早に廊下に出る。私は気にかけて廊下に出ることにした。父どころか、執事も扉を閉めることもしないのなら、私が会っても問題のない相手のはず。


 だが。そこにいたのは、予想だにしない人物だった。


「レオニス様……?」


 廊下で遭遇したレオニスを見上げ、私は息を飲む。


「ステラ……この期に及んで、貴様は……」


 彼の顔には、普段の冷静さとはかけ離れた、激しい怒りのようなものが浮かんでいる。彼の視線は、真っ直ぐに私の手にある真新しい外套に向けられた。一瞬、眉を顰めた彼は、小さく舌打ちした。


 父が慌てた様子で私を見て言う。


「ステラ。レオニスくんと話があるから、先に夕食を食べていてくれ」


 嫌な予感に、全身が冷たくなる。2人はそのまま、通路の奥にある父の書斎に姿を消した。


 父は、公爵家もお墨付きを与えるような治癒師の情報を得たと喜んでいた。まさか、レオニスがその情報を取り消しに来たのではないだろうか?


 いや、あるいは、何か別の事情が?


 書斎から激しい声が聞こえ始めた。父とレオニスが怒鳴りあう声だ。


「お嬢様。お部屋に戻りましょう、夕食をお運びいたしますから、さあ!」


 私はそうしてイレーヌに促されるまで、ただその場に立ち尽くすことしかできなかった。せっかく掴みかけた希望の光が、また闇に閉ざされてしまう。


 胸騒ぎが収まらない。レオニスがこの屋敷に、しかもこの時間に、何の前触れもなく訪れるなど、前代未聞だ。しかも、あの表情。


(一体、何が……?)


 私は、嫌な予感に襲われた。私の右足の呪いとは、また別の、しかし確実に私と父に関わる、悪い知らせが舞い込んだ予感がする。


 イレーヌたちがせっかく運んでくれた夕食も、なかなか喉を通らなかった。


 どれほどの時間が経っただろう。やがて、屋敷中に響いていた喧騒が、嘘のように静まり返った。私は足の痛みも忘れて立ち上がり、外に出る。


 レオニスが、そこにいた。彼は私の姿を見ると、ひどく不機嫌そうに蒼い目を向けてくる。


「あの外套が必要な国なら、ずいぶんと長い休暇を取るようだな」


 ぶっきらぼうな言い方に、眉を顰める。確かに隣国の、それも高地に向かうのだから、かなりの日数がかかるだろう。


 呪いが解ける可能性をおもうと、顔に思わず笑みがこぼれそうになってしまう。いけない、気を引き締めないと。


「レオニス様には、関係のないことですわ」


 彼の表情がさらに険しくなる。


 レオニスは私のことを噂通りの悪役令嬢らしく『父親の莫大な資産で、茶会にすら出ずに遊び惚ける娘』と考えているみたいだ。


 苦しさもあるが、同時に、正しいことでもある。そう思いこまれていないといけなかった。


「お前のような娘がいなければ、イヴァノさんが罪を犯すことなど無かったろうに……にまた会おう。俺はもう帰るが、逃げられると思わないことだな」


 冷たく言い放ったレオニスが、部下を伴って屋敷を出ていこうとする。


 何を言われたのか理解するまで、私は全く身動きが取れなかった。


「……父がを? 私のために? 一体何のこと。婚約締結日? まったく話が分からないわ」


 思わず叫び声をあげ、私はレオニスの背を追いかけた。しかし彼から与えられたのは、ローブをまとう体を上から下まで見る無遠慮な視線だった。


 右足は完璧に隠されている。私は不自然に見えないよう、この姿勢が当たり前だと言わんばかりに胸を張った。


「はぁ。どうもこうもない。お前に選択肢はもうない、それだけだ」


 何者も寄せ付けない冷たい雰囲気を漂わせ、レオニスが立ち去っていく。


 恐ろしい予感に震えながら、私は彼が見えなくなるのを待ち、父の書斎へ急いだ。あれほど晴れやかだった父の顔はひどく疲れ切っていて、まるで数日眠っていないかのようだ。


「ステラ」


 その声は、掠れていて、今にも消え入りそうだった。


 私は、父の向かいの椅子に腰を下ろした。彼の視線は、テーブルに積まれた帳簿の山に釘付けだった。それは我が家の家計ではない。


 魔導通信機の開発・販売を担う父の会社のもの――その中には、フォルティア公爵家の出資金も含まれている。


 ……これを、レオニスが持ってきた?


「ステラ……すまない。お前に、話さねばならないことがある」


 父は、重い口を開く。そうして語られた事実に、私は悲鳴をあげるのをこらえるのが精いっぱいだった。


「……最近の解呪アイテムは、会社のお金を使い込んで買っていたの?」


 父は私の治療法を探すために、魔導通信機の開発・販売をする会社の資金――もちろんフォルティア公爵家からの支援金をも含め、多額の費用をつぎ込んでいたという。


 いくら父が開発者本人で莫大な利益を手にする立場にあるとはいえ……どう考えても、これは横領だ。


「呪いの進行を遅らせるための高価なアイテムの購入費も馬鹿にならなくなって、お前のためだと思い、つい……」


 父は、自身を責めるように顔を歪めた。


 魔導通信の開発は、父の人生そのものだった。

 彼の発明は国に認められ、我が家は男爵の爵位を与えられた。蔑まれながらも、私たちは貴族として立ち上がった――誇り高く。


 その父が、私のためにその誇りを曲げたのだ。

 あろうことか、自らの夢の対価を、私の命に変えて。



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