震える手で顔を覆う。
「お父様……私が、私がもっと、うまくやれていれば!」
私の目から、大粒の涙が溢れ落ちた。私がどれだけ父に負担をかけていたのか、その事実に、胸が締め付けられる。私にはとても償いきれないほどの代償を、父は払っていたのだ。
父は、そんな私を否定するように、ゆっくりと首を横に振った。
「いや、違うんだ、ステラ。お前だけのためではない……。これは、私と、お前の母さん、マリアンとの約束を優先しすぎてしまったんだ」
父の瞳が、遠い過去を見つめるように潤む。
「マリアンは、ずっと悔やんでいた。お前に呪いが当たってから、回復の兆しが見えなかったことを……ベッドの上でも、ずっと“ステラを救って”と……それが、あいつの最期の願いだった」
母は、あの事故以来、徐々に病に侵されていた。だからこそ、私を護ることにその命を燃やし尽くした。父は、亡き母との約束を果たすために、全てを捧げていたのだ。私の胸に、新たな痛みが走った。
「レオニスくんが今日ここに来たのは、資金の流れを辿った結果だった。……不正は、いずれ見つかる。だが彼は、内々で処理するつもりで来てくれた」
「なぜ」という思いが浮かぶ。彼の立場にとって、どれほどの重みを持つ行動なのか――わかるからこそだ。
レオニスが成人し、公爵家での地位も高まり、他国の姫との縁談も囁かれている今。
そんな彼が、私たちのために動いたという事実。
いえ、でも。
彼にとって、この不正が公になることは、公爵家の名に泥を塗る行為であり、自身の将来にも関わる。
だからこそ、私情を挟まず、合理的判断で内々に処理しようと動いたのかもしれない。
考え込んでいる私に、父が告げた。
「ステラ……そして、もう一つ、お前に話さねばならないことがあるんだ。これまでずっと、隠してきたことが、もう一つ」
父は、まるで懺悔するかのように、絞り出す声で語り始めた。
「ステラが、この呪いを受けたのは……レオニスくんを庇ったからなんだ」
私の頭の中で、幼い日の記憶が、鮮明な映像となって蘇った。
炎の中で、私が誰かを突き飛ばす。その瞬間に右足に走った凍りつくような痛み。あの時、私が庇うように抱きしめていた、金色の髪。
衝撃に、私は息が詰まった。父が頷く。
「あの魔術テロは、フォルティア家の政敵であるガルシア侯爵家が、レオニスくんを標的にしたものだったと推測されている」
「そんな……でも、どうして私は?」
「呪具が彼へのプレゼントに仕込まれていたんだ。でもそれは可愛らしいぬいぐるみで、レオニスくんがステラに見せようとしたとき、呪いが発動した。ステラは咄嗟にレオニスくんを突き飛ばして……」
父が悔しそうに顔を伏せる。
「その結果、いくつもの偶然が重なった。本来はレオニスくんの命を一撃で奪うような石化の呪いが、ステラがかばったことで結果として効果を発動しなかったうえに、咄嗟にレオニスくんが解呪を放ったことで、呪いの効果が弱まった。結果として、進行性の呪いになってしまったが……そうでなかったらどちらかが死んでいただろう」
私は、レオニスを救い、同時に彼に救われていた。胸が締め付けられる思いがした。
「政治的な理由から、この事件は公爵家の手で完全に内密に処理され、現場にいたごく少数の人間しか真実を知らない。……そしてレオニスくん自身も、これまでは知らされていなかった。解呪の際、莫大な魔力を消耗したせいで、記憶の一部が欠けているんだ」
父の目は、有能な開発者としての誇りと、父親としての葛藤に揺れていた。
「公爵家が私を支援し、今回の資金流用を不問にしようとしているのは……彼らなりの『罪滅ぼし』の意味もあるんだろう」
私には、何ができるのだろう。
その時。父の口から、ある提案が告げられた。。
「ただ、代償はゼロではない。……公爵家は、私の横領を不問にする代わりに、君を望んでいる。形式的な婚約だ」
婚約締結日とレオニスが言ったのは、そういうことだったのか。
衝撃と困惑の中、胸の奥に小さな確信が灯った。
「フォルティア家としても、これ以上この事件が公になるのは避けたい。ステラの受けた被害について真相を明らかにしようと公爵家で決定されている。今のままでは、何らかのタイミングでガルシア家に付け入る隙を与えかねない。だが、お前を……」
「待って、お父様」
私は父の言葉を遮った。
――これは、最初で最後の父への“償いの機会”なのかもしれない。
ならば。この体で、悪役を演じ切ろう。それが、せめてもの償いになるならば……。