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第11話 秘密は月夜に暴かれる

 その夜。私は自室で、痛む右足を懸命にケアしていた。全身を覆う冷や汗がとまらない。座った上から鉄の塊を乗せられ、押しつぶされているかのようだ。治癒師の元へ向かう日が、何よりも待ち遠しかった。


「もう……っく」


 日々の緊張が祟ったのだろう。呪いの進行が普段より早まっていた。足の石化はついに膝を越え、太腿に迫らんばかりに進んでいた。


 その時。この部屋に直通の魔導通信機が小さく震える。イレーヌがすぐに対応した。彼女の顔色が変わる。


「……お嬢様、レオニス様がご帰宅なさったようです」

「あら。今夜は、っく、帰らない、ぐうッ、そう、おっしゃっていたのに……」


 もし彼が私の足の異変に気づけば、全てが終わりだ。


 私は咄嗟に、父が用意してくれた呪いを押さえるアイテムの中でも、最も強力なあの包帯に目をやる。短時間とはいえ、足が動くように呪いの効果を最大限に抑え、痛みまでも消し去ってくれる。


「イレーヌ、包帯を」

「ですが」

「構わないわ。急に帰宅したとなれば、私に用がある可能性も捨てきれない。お願い」


 しぶしぶ頷いたイレーヌが、包帯を手に取った。足に巻き付けられる強力な魔力を帯びた包帯の奥で、呪いが激しく明滅しているのがわかる。


(こんな夜更けに……何か、急な用事が?)


 昼間の庭での彼との短い会話を思い出す。疲弊した彼の顔が脳裏に焼き付いていた。


 貿易問題が解決に向かっているとはいえ、その過程で彼がどれほどの重圧を抱えていたか、想像に難くない。もしかしたら、私に何か伝えるべきことでもあるのかもしれない。


 私はドレスの裾を整え、彼を迎えに部屋を出た。右足の痛みが鉛のように重く、一歩踏み出すたびにズキンと脈打つ。公爵家の別宅の廊下は、本宅ほどではないが、相応に広い。


 階段の踊り場に差し掛かったところで、レオニスに遭遇した。


「レオニス様、何か――」


 声をかけようとした、その時だった。


――ズキン!


 激しい痛みが、右足を貫いた。まるで釘を打ち込まれたかのような激痛に、足がもつれる。一歩踏み出そうとした足が、石のように固まって動かない。


――ガタン! ドタン、ドタン……!


 体が傾ぎ、私はそのまま階段を踏み外し、不格好に転がり落ちた。衝撃が全身を襲い、意識が白く霞む。ドレスが乱れ、髪が散らばる。膝を強かに打ち付け、激痛が走った。


「ステラ!!」


 声がした。レオニスだ、と分かる前に、ぬくもりが私の体を包む。あの一瞬で彼は階段を駆け上がり、倒れた私の傍に膝をついていた。


 その顔は、焦りと共に、深い困惑。そして微かな悲しみを湛えているようだった。


「大丈夫か!? どこか打ったのか?」


 彼の手が、私の肩にそっと触れる。その温かさに、私は思わず息を呑んだ。


 咄嗟に、私は身を捩り、ドレスの裾で右足を隠そうとする。しかし、転げ落ちた衝撃でドレスは大きく捲れ上がり、包帯を巻いた足元が、白い光を放ちながら晒されてしまった。


 包帯がずれた部分から、不気味な土気色に変色した皮膚や、石化している箇所がはっきりと見て取れる。


 レオニスの視線が、私の右足から、不自然にそらされるのが見えた。彼の蒼い瞳が大きく見開かれ、次の瞬間、その奥に恐怖と、そして深い苦痛の色が宿るのが見えた。心臓が、耳元で激しく警鐘を鳴らす。


(まさ、か……)


 嫌な予感が猛烈にした。レオニスは優しく、私を抱き寄せる。


「こんな……なぜ、今まで隠していたんだ……!」


 その言葉が、私の心臓を凍りつかせた。


 今まで私が必死に隠し通してきた秘密が、もうとっくに暴かれていたのだと知った瞬間、私の世界は音を立てて崩れ落ちた。絶望が、黒い泥のように全身を覆い尽くす。


 言えない。説明すればいいと分かっていたって、言えない。


 手紙の時点で理解すべきだった。公爵家はきっともうすでに、レオニスに私の真実を打ち明けている!


 もっとちゃんとした形で明らかにしたかった。呪いが落ち着いた段階で、全てはレオニスのため、公爵家のため、そして我が家のためだったと説明したかった。


 いいえ、いいえ。


 私は見られたくなかったんだ。この醜い足を。ただただ、レオニスに知られたくなかった。


 たとえどんな事情があったとしても、呪われた女だと、知られたくなかったのに。


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