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page.-13

母さんはもう一枚、別の写真を見せてくれた。

さっきは4人で写っていたけど、今度は5人の若い母さんたちがまたお洒落で、今度は暖かそうな冬の衣装で写っていた。


見た感じ、クリスマスイブの夜の写真のようだった。写した場所は…何処かの都会っぽい感じ…。


写真の中の街は…たくさんの女の子たちと…街のネオンと…クリスマスのイルミネーションで溢れかえってキラキラと輝いてた…。



『じゃあ…次はお母さん、どーれだ?』


『ねぇ、母さん』


『…んー?』



母さんは振り返って、僕の顔を…とても不思議そうに見た。



『これ…どこで撮ったの?』


『瀬ヶ池よ』



…瀬ヶ池?って……どこ?



『あー。瀬ヶ池って言っても解らないかぁ』


『……。』



母さんは笑って『ごめんごめん』って小さく言った。



『藤浦市って言ったら解るよね』


『あー。解るよ。美波県の県庁所在地だから、それぐらいは…』


『うん。そうね』



母さんはそのまま続いて『信ちゃんは勉強熱心だから、あんまりテレビ見ないもんね』って。『だから《瀬ヶ池》って言っても解らないのは仕方ないっか』って。



『信ちゃん。藤浦市には、いくつか区があるんだけど、その中の新井区(アライク)という所の中に《早瀬ヶ池》っていう大きな街があるの』


『へぇ…』



《瀬ヶ池》とは、その《早瀬ヶ池》という街の略称らしい。



『あ!』



…って言ったすぐに、お母さんが両手を勢いよく合わせてパチン!



『ちょっと待って…探してみる』


『?』



母さんが慌てて、デジカメの写真の中から次に選んだのは…。



『見て。これ…綺麗じゃない?』


『え…凄い!確かに綺麗!どここれ!』



何処かの、もの凄く高いビルから写したんだろう超高層ビル群の夜景の写真。


高低差あるたくさんのビルが建ち並ぶ街の、数えきれない程ある窓の灯りのひとつひとつが…写真のずっと奥のその向こうまで、まるで夜空の星の全部を綺麗に…一つの大きな宝石箱に並べて飾って納めたように…月夜にひっそりと息を潜めて静かに、ずっとキラキラと…その街は輝いていた…。



『これも藤浦市の《アンプリエ》っていうね、有名な一番高いビルの中にあるお店の、とても大きな窓から撮った夜景なの。どう?綺麗でしょ』



でも、僕がその感想を言うその前に、母さんは…。



『でも、20年くらい前のデジカメで撮った写真だからね。やっぱり解像度も良くないし…この街の夜景の綺麗さが、あんまりよく分からないかな…』



母さんはそう言ったけど…僕には十分なんて言葉以上に、この街の夜景がこんなにも綺麗なんだってことは伝わってた。



『おい、風呂出たぞ。次入ってくれ』



父さんがお風呂から出て居間に顔を覗かせる。母さんは急に慌て出した。



『あ、じゃあ私入る!信ちゃんごめん。お母さんお先ね!除夜の鐘に行く前に、色々と準備したいから!』


『う…うん。いいよ。先入って』



慌てて居間から出て行くと、お母さんはまた居間に戻ってきてひょいと顔を覗かせ、パソコンの画面を指差した。



『あ!それと…さっきの5人の写真ね、お母さんは左から2番目だから。もう一回見といてー』



慌ててお風呂へと向かう母さん。


僕は母さんの言うとおり、パソコンの画面を覗き込んで、黒ぶち眼鏡をかけ直してもう一度見た。クリスマスイブの夜の5人の写真を…じゃなくて、藤浦市の高層ビル群の夜景の写真を。



こんな大都市の街の夜は…どんな音や声が聞こえるんだろう…どんな人たちが集まって、何をしてるんだろう…僕がこんなにキラキラ輝く街の真ん中に居たら、どんなに胸が感動でドキドキすることだろう…。


…この時から《この街》は僕の憧れとなった。







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