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page.-12

『あなたは行かないの?除夜の鐘』



母さんの誘いに、父さんは…。



『俺はいいよ。テレビでも見ながらお前たちが帰ってくるのを待ってるから』



…そう言った。



『じゃあ…行こっか。信ちゃん』


『うん』



玄関を出て、母さんも僕も自転車に乗り…暗い夜道の中を、2kmほど離れたお寺を目指して走っていった。


僕は除夜の鐘を鳴らすお寺へと向かう途中、たくさんの星々がぴかぴか光る夜空を…田舎町をぐるりと囲む山々を…遠くまで広がる暗い田園風景を…月明かりを鈍く反射している向こうの山の高圧電線の鉄塔を…遠くにぽつり、ぽつりと見える小さな街灯を…僕はそっと、いつまでも無心で眺めていた。


そして母さんの自転車を追いかけ、ずっと無言で自転車を漕いで走った。頬を冷たく撫でる冬の風を僕は少し嫌気に感じながら。










…年が明けて3月。僕は美波県緑川市にある《県立緑川北高等学校》へ入学することとなった。


僕の地元の真山市にも《県立真山高等学校》という高校はあったが、担任の橋本先生と相談し話し合い、真山高校よりも偏差値の高い緑川北高校の入試に挑戦することになり、無事に合格することができたんだ。


それと、僕の学校では僕以外、同級生は一人も緑川北高校に入学する人はいなかった。地元の真山高校に通うことが当たり前。常識…ってほどだった。


担任の橋本先生は『合格おめでとう!高校行っても頑張れ!』って応援してくれたけど…。



『お前って地味で背ぇ低いくせに、小学生ん時から頭だけは良かったよなぁ』

『一人だけ緑川北高校行くって《僕は君たちよりも頭が良かったんです》ってか。はぁ?俺らへの嫌味か』

『学校違うんだから、もう岩塚と話すことは一生無いな。んま、今までも話すことなんか無かったけどな。ハハハ』



…って、嫌いな同級生から最後に嫌なことを言われることもあった。


僕は数少ない友達と学校が別となり、さらに孤独感を深めてしまったけど、嫌な同級生らと離れられることには安堵し喜んだ。







緑川北高等学校に入学すると、僕と母さんがびっくりするような《奇跡》があった。


それは高校入学後の、ゴールデンウィークが開けたあとの5月中旬…初めての三者面談のとき。


ちなみに担任は小林愛美という女の先生。



『お母さん…ちょっと緊張するけど、頑張るね』


『う、うん…』



教室前の廊下に置かれた椅子に座って待つ、僕と母さん。



『信ちゃん、先生の名前って…』


『小林愛美…先生』


『小林愛美先生ね。わかった』



突然、教室のドアがガラッと開いて、僕のクラスの男子生徒とそのお母さんが出てきた。



「先生、ありがとうございました」


「浅野くんとお母さん、気をつけて帰ってね」


「はい」



先生にお辞儀をし、何か話をしながら帰って行く浅野君という、同じクラスの同級生とそのお母さん…まだ話したことのない同級生。



『次は、岩塚信吾くんとお母さ……』



…えっ?何?先生が一瞬、驚いたように見えたけど…?

対して母さんもやっぱり、それを見て一瞬戸惑ったかのように見えた。



『あ、ごめんなさい。どうぞお入りください』



教室に入り、小林先生と机を向かい合わせて、僕の隣に並んで座る母さん。



『あの……えぇと、すみませんが…先にお母さんのお名前をお聞きしても…いいですか?』


『私、岩塚美穂と言います。先生は…小林愛美先生って言うんですよね?』


『そ…そうです。わ、私は…小林愛美です』



…んん?な、何…どうした…?

なんか変な感じ…。先生と母さん…?



『あの…もし宜ければ、お母さん…の、旧姓をお聞きしても…?』







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