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page.154

今まで僕が金魚であることは、他人には絶対に知られてはいけない《仲間内だけの極秘機密》として堅く守り続けてきた。


それを…たった数時間前に知り合ったばかりの彼に自ら、そんな簡単に教えていいものだろうか…。


仕事仲間の女の子たちに、忠彦くんから『ねぇねぇ、金魚って子知ってる?』なんてならないだろうか…。


けど忠彦くんだって、自分の大胆な秘密を僕に教えてくれたし…。



『…僕がなぜ女装してるのか…教える前に、ひとつ訊いていい?』


『うん。なに?訊きたいことって』



僕は一瞬戸惑ったけど…覚悟してやっぱり訊いた。



『忠彦くんは…金魚って女の子のこと知ってる?』



…まず先に、これを確認しておかないと、話していいかも全く判断できない。



『えっ、なに?まさか…信吾くんが…!?』



ほら、きた…!

僕の思ったとおり知ってたんだ…金魚のこと!

…今の発言、やっぱりマズかったかな…。



『…金魚って源氏名を名乗って働いてんの!?なんだぁ…同じ仕事してたかぁ』


『は?…ぇ?』


『どこのお店?時給は?流行ってるとこ?お店のルールはどう?厳しくない?』



…なんか勘違いしてない…?



『あのさ…んなわけないじゃん!』


『あははは。じゃあコスプレ趣味のほうだったかぁ。あはははは…』



あーぁ。なんだかなぁ…。

心配しただけ、無駄に疲れた…。







僕は忠彦くんに《これから話すことは秘密厳守!》の約束を取り付けて確認し…《僕が女装を始めた発端》《瀬ヶ池の女の子たちへの復讐が最終目的》《それに協力し、支えてくれてる仲間たち》《金魚は今では、瀬ヶ池では有名》…その全てを正直に話して教えた。


…ただじっと、僕を見ている忠彦くん。



『信吾くん。正直に教えてくれてありがとう』



僕も黙ったまま頷いた。



『でもさ、信吾くん。女の子たちに…マジで復讐したいって思うのなら…』


『?』


『…メイク、いつまでも先生に頼ってちゃ駄目だ…って私は思う…』


『えっ…!?』



そして僕は…その後の僕の人生に関わる、忘れられない大切な一言を、忠彦くんから教わることになる。



『女装した姿が、どんなに綺麗であっても、誰よりも可愛かったとしても…突き詰めて言えば…やっぱり《偽物は偽物》…』



忠彦くんは、ゆっくりと立ち上がり…目線を少し#俯__うつむ__#かせた…。



『…でもさ、偽物だって本気で本物に勝ちたいじゃん…。だから私は…絶対負けたくないから…ひたすら毎日毎日、朝も昼も夜も…メイクして、失敗して、メイクを落として、顔の肌荒れが怖かったけど…またスキンケアしながらメイクをやり直して…そうやって何回も何回も…繰り返して、メイクを頑張ってきたんだ…』


『…うん』


『高級な化粧品を使ってみたいし、それをいっぱい買い集めるために、お金も無駄だって言われるくらい、たくさん使ったよ。でもお金は足りなくなる…まだ若いからお給料は上がらない…だから一生懸命働いてきた…』



小さくて、力無くか細い声…。

過去の頑張ってきた忠彦くんの話を聞いていて…なんだか僕も切なくなってくる…。

そしてしばらく、沈黙の時間…。


僕は息を呑んで彼…彼女の次の一言を待った…。



『全てが偽物だと…心無い誰かに完全否定されても…努力を重ねて身につけた《技術》だけは…誰にも否定できない、唯一の《本物》だと思うんだ…』


『!!』


『誰も教えてくれなかった…だから独学だけど、私が今まで必死で覚えた《メイクテク》だけは、誰にも…どんな女の子たちにも文句は言わせない…言われたくない。絶対に…誰にも負ける気がしない…だから』



『!!!!!』









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