アンナさんが特別客室のドアから顔を覗かせて、向こうの詩織に話し掛ける。
『ねぇ、詩織』
「…あ、はい」
『今日は金魚の準備、いつもより少し時間が掛かるの』
「えっ?どうかしたの!?」
『ううん。大したことじゃないんだけど』
「じゃあ、少し時間が掛かるって…どれくらい?」
『そうね。40分も見ておいてくれれば…』
「40分かぁ…。でもそのあいだ、ノートパソコンでネット見てればやり過ごせるから。大丈夫」
『うん。詩織ごめんね』
「ううん」
…ドアを静かに閉め、アンナさんが戻ってきた。
僕はまだ着替えず、家からの私服のまま、椅子に座っていた。
『…本当にいいのね?』
『はい。お願いします…』
アンナさんは櫛を左手に、ハサミを右手に取った…。
…ガチャッ。
僕は金魚への着替えや準備を全て済ませ、特別客室を…少し不安気に出た。
『…あの…詩織』
『んんー?ちょっと待って…』
僕は、そろりそろりと横移動し、ロングソファーに座る詩織の前に立ってみた。
そしてノートパソコンを凝視していた詩織の視線が、勢いよく振り向いて僕に注がれる。
『えぇっ!?』
『…うん』
僕は遠慮がちに頷いた。
『なんで切っちゃったの!?』
『どうかしら?凄く似合ってて可愛くない?金魚の髪型』
アンナさんも片付けを終えて、特別客室から出てきた。
『見てのとおり、ベースはミディアム寄りのウルフレイヤーのショートよ。金魚オリジナルのヘアスタイルだけど』
アンナさんが僕の横に来て、このヘアカットの説明をしてくれた。
『前髪は少し長めに残して、自然な感じに顔の両サイドへ手櫛で流して分けたの。毛先を少し遊ばせてね。ほら、横を向くと目が隠れるぐらいの長さでしょ?』
『うん』
そして僕の顎にそっと触れ、顔を右へ左へと向かせる。
『…左右の横髪は、外側になる髪の長さは耳が十分隠れる長さを残して…耳は髪を手櫛で分けて見えるように。あと金魚は元々髪の量が多いから、あまりぼわっと膨らみすぎないように、内側となる髪を少しすいて《髪の長さ》よりも《髪の量》の加減を重視したの』
『へーぇ。凄ぉい』
…そして最後に後ろ。
『後ろ髪は、やや長め残しでね。なのに首周りはすっきりしてるって思わない?いいでしょ』
『うん。いい!』
…そしてアンナさんは最後に説明をまとめる。
『この髪型でこだわったのは…短めなんだけど、ボーイッシュには絶対にならないよう気を付けながら、女の子らしい《可愛さ》と《理知的なカッコ良さ》を演出させようって頑張ったところかしら』
『てゆうか、てゆうか…』
ん?詩織が慌てて何か言おうとしてる…?
なんだろう…?