あの撮影スタッフの若い女性…ナオさんの妹さんなんだ。撮影室内は暗幕が引かれて薄暗かったから、顔が似てるとか似てないとか…そこまでは覚えてないけど。
『あ!ナオさん、つまりは…その撮影スタッフである妹さんに、僕…てゆうか金魚のデビューを、直接お願いする…ってことですか?』
『んまぁ…違うけど、そんな感じだって思ってて。色々とややこしいから。難しくてごめんね』
そして最後に、ナオさんが話をまとめる。
『2人ともお察しのとおり…丹波彩乃ちゃんの専属モデル獲得は、まだ公式発表されてないけど、噂では他のお店に決まっちゃったみたいなの』
…ナオさんには大変申し訳ないんだけど…他のお店に決まったことで、僕と詩織はホッとひと安心。
『…だから、やっぱり金魚ちゃんに私のお店の次の専属モデルを務めてほしいの。もちろん、金魚ちゃんの《G.F.》デビューは約束するわ。それがアンナから出された《条件》だもの。多少のルール違反をしても…ね』
…《多少のルール違反》って…ゴクリ。
『…それじゃあナオさん、私たちそろそろ帰りますね』
『うん。ケーキ美味しかったわ。ありがとうね』
『こちらこそ。美味しい紅茶ごちそうさまでしたぁ』
詩織と僕は会釈して、ナオさんにお礼を伝えた。
…僕が先にお店を出る。詩織があとに続いて、手を振りながら硝子扉を閉めようとしたときだった…。
『金魚ちゃん』
『えっ?あ…はい』
『その金魚のピアスとショートヘア、凄く似合ってる。可愛いわよ』
『あ…ありがとうございます!』
…ちゃんと見てくれてたんだ…ナオさん。ちょっと嬉しい。
『じゃあ帰ろう。金魚』
『うん』
…そして、遂に3月に突入。もうそろそろ寒かった冬も終わり、春っぽさが近づいてくる時期。
『あ…おはよう。詩織』
『おはよー。金魚』
今日は3月の第1土曜日。時刻は午前8時39分。
いつものように金魚に着替え、美容院の特別客室から出ると、詩織はいつものようにロングソファーに座り、ノートパソコンを見ていた。その詩織の様子を突っ立ったまま見てる僕…金魚。
そして、アンナさんも特別客室から出てきた。
『金魚、ちょっと詩織の隣に座って待ってて』
『えっ?あ…はい』
…待ってて…って?
アンナさんはそう言うと、自分のiPhoneで誰かに電話を掛けはじめた。
『ねぇ、アンナさん。誰に電話してるの?』
『ナオによ。詩織。《朝8時半頃に電話して》って頼まれてたの』