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第5話_歪曲の回廊

 六月三日未明、調査隊は王都の地下入口に集合した。

  空気は湿って冷たく、足元には薄く霧が漂っている。

  真聖は照明具を点灯させ、周囲を確認した。

  「全員、防具と通信石を確認。離れすぎるな」

  その声に、つむぎが軽く手を挙げた。

  「了解、前線は任せて」

  石造りの回廊を進むと、壁面に複雑な文様が刻まれているのが見えた。

  陽斗が足を止め、図形を指差す。

  「この紋章、重力方向を示している……いや、違う、これは空間そのものが歪んでいる」

  俊介が眉をひそめた。「冗談だろ? 長続きする仕事じゃないって言ったけど、これはやばいぞ」

  数分後、拓己が声を上げた。「みんな、足元の砂の流れが逆向きになってる!」

  菜穂が鋭く辺りを見渡す。「通路の奥、空気が揺れてるわ!」

  その先には、光のカーテンのようにゆらめく空間の歪みがあった。

  真聖は歪みに近づき、壁面の紋章に手を触れた瞬間、頭の奥に衝撃が走った。

  ――耳鳴り。

  そして誰かの鼓動が直接脳に響いてくる感覚。

  「……これは、“輪”の鼓動か?」

  つむぎが肩に触れた。「大丈夫?」

  真聖は深呼吸し、感情を抑えて冷静さを取り戻す。

  「平気だ。調査を続けよう」

  やがて彼らは第一層の奥に到達した。

  そこには巨大な環状構造物を模した壁画が描かれており、その形状は地球のDNA二重らせん図に酷似していた。

  「……これは偶然なのか?」

  誰も答えられなかった。



 壁画の前で全員が息をのんだ。

  可奈子が勢いよくメモを取りながら呟く。

  「これ、絶対に重要な手掛かりでしょ! 勢いで触っちゃダメだけど……触りたいなぁ」

  「やめとけ、何が起こるか分からない」陽斗が低く制止する。

  真聖は照明を壁画全体に向け、じっと見つめた。

  脳裏には再び“輪の鼓動”がよぎる。

  ――帰還と、世界崩壊のビジョン。

  冷静さを崩しそうになりながらも、真聖は感情を押し込み、現実へ意識を戻した。

  「記録は十分か?」

  拓己が頷く。「補給物資の残量も大丈夫。小さな異変も今のところなし」

  菜穂は通路奥を確認し、衛兵へ合図した。「周囲に動きなし。安全圏は確保できてる」

  その時、地鳴りのような音が足元から響き渡った。

  俊介が顔をしかめる。「まさか崩落か?」

  だが、通路は無事だった。音の発生源は壁の奥――輪の鼓動が強まっている。

  真聖は決断した。「今日の調査はここまでだ。帰って解析しよう」

  つむぎが頷き、剣を構えたまま最後尾につく。

  帰路に就く隊員たちの表情には、不安と好奇心が入り混じっていた。

  地上に戻ると、夜明けの光が差し込んでいた。

  未知の力を感じたその日、彼らはただ一歩を踏み出したに過ぎない――。

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