六月三日未明、調査隊は王都の地下入口に集合した。
空気は湿って冷たく、足元には薄く霧が漂っている。
真聖は照明具を点灯させ、周囲を確認した。
「全員、防具と通信石を確認。離れすぎるな」
その声に、つむぎが軽く手を挙げた。
「了解、前線は任せて」
石造りの回廊を進むと、壁面に複雑な文様が刻まれているのが見えた。
陽斗が足を止め、図形を指差す。
「この紋章、重力方向を示している……いや、違う、これは空間そのものが歪んでいる」
俊介が眉をひそめた。「冗談だろ? 長続きする仕事じゃないって言ったけど、これはやばいぞ」
数分後、拓己が声を上げた。「みんな、足元の砂の流れが逆向きになってる!」
菜穂が鋭く辺りを見渡す。「通路の奥、空気が揺れてるわ!」
その先には、光のカーテンのようにゆらめく空間の歪みがあった。
真聖は歪みに近づき、壁面の紋章に手を触れた瞬間、頭の奥に衝撃が走った。
――耳鳴り。
そして誰かの鼓動が直接脳に響いてくる感覚。
「……これは、“輪”の鼓動か?」
つむぎが肩に触れた。「大丈夫?」
真聖は深呼吸し、感情を抑えて冷静さを取り戻す。
「平気だ。調査を続けよう」
やがて彼らは第一層の奥に到達した。
そこには巨大な環状構造物を模した壁画が描かれており、その形状は地球のDNA二重らせん図に酷似していた。
「……これは偶然なのか?」
誰も答えられなかった。
壁画の前で全員が息をのんだ。
可奈子が勢いよくメモを取りながら呟く。
「これ、絶対に重要な手掛かりでしょ! 勢いで触っちゃダメだけど……触りたいなぁ」
「やめとけ、何が起こるか分からない」陽斗が低く制止する。
真聖は照明を壁画全体に向け、じっと見つめた。
脳裏には再び“輪の鼓動”がよぎる。
――帰還と、世界崩壊のビジョン。
冷静さを崩しそうになりながらも、真聖は感情を押し込み、現実へ意識を戻した。
「記録は十分か?」
拓己が頷く。「補給物資の残量も大丈夫。小さな異変も今のところなし」
菜穂は通路奥を確認し、衛兵へ合図した。「周囲に動きなし。安全圏は確保できてる」
その時、地鳴りのような音が足元から響き渡った。
俊介が顔をしかめる。「まさか崩落か?」
だが、通路は無事だった。音の発生源は壁の奥――輪の鼓動が強まっている。
真聖は決断した。「今日の調査はここまでだ。帰って解析しよう」
つむぎが頷き、剣を構えたまま最後尾につく。
帰路に就く隊員たちの表情には、不安と好奇心が入り混じっていた。
地上に戻ると、夜明けの光が差し込んでいた。
未知の力を感じたその日、彼らはただ一歩を踏み出したに過ぎない――。