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第9話_共感なき救護

 競駆祭の騒動で、多くの観客が負傷していた。

  真聖たちは急遽、王都中央広場に設置された臨時救護所へ向かった。

  侑希は医療班の補助役として配置される。

  「……感情を表に出すのは苦手。でも支えることはできる」

  彼女は自分に言い聞かせるように呟いた。

  傷ついた子どもが泣きじゃくっている。

  侑希は表情を変えずに手を伸ばし、止血魔道具を当てた。

  「大丈夫、すぐに痛みは消えるから」

  声のトーンは淡々としていたが、手つきは丁寧だった。

  拓己は資材の在庫を確認していた。

  「包帯残り少ない! 誰か補給倉庫に走って!」

  すぐに可奈子が勢いよく走り出す。「任せて!」

  つむぎは現場の警備を引き受け、周囲を見回していた。

  「敵の影はないけど……まだ油断はできないね」

  俊介は救護所入口で剣を抜き、警戒を続ける。

  「今度こそ逃がさねえぞ」

  やがて負傷者の応急処置がひと段落すると、侑希はふと立ち止まった。

  泣き止んだ子どもが「ありがとう」と笑顔を見せている。

  侑希は戸惑いながらも、小さく微笑んだ。

  「……こういうの、悪くない」

  その光景を見た真聖は、仲間たちの変化を静かに胸に刻んだ。

  異世界に来てからの短い時間で、それぞれが役割を見つけつつある――そう実感したのだった。



 負傷者の処置が終わり、救護所には安堵の空気が流れ始めた。

  だが侑希はベッドに腰掛けたまま、深く息をついた。

  「……やっぱり、私は感情をうまく出せない」

  隣で資材整理をしていた拓己が顔を上げる。

  「でも、みんな助かったよ。君の手当てのおかげだ」

  侑希は少し視線を落とし、淡々と答えた。

  「支えることは好き。でも……どう喜べばいいか分からない」

  拓己は優しく微笑んだ。

  「変化はすぐに分かるよ。君がいて、みんなが安心した」

  その時、菜穂が入口から声をかけてきた。

  「新しい負傷者だ! 急いで!」

  侑希はすぐに立ち上がり、淡々とした動作で患者を受け入れた。

  震える手を握り、簡潔に告げる。

  「大丈夫、ここにいれば平気だから」

  患者は安心したように息を吐き、侑希の肩に手を置いた。

  「ありがとう……」

  その一言が胸に響き、侑希は一瞬だけ柔らかな表情を見せた。

  真聖はその様子を遠くから見つめ、心の中で呟く。

  (彼女も変わってきている。俺たちは、この世界で確かに成長しているんだ)

  救護所の外では、まだ警鐘の余韻が街に残っていた。

  だが仲間たちは確かな絆を持ち、次の行動に備えていた。

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