前線都市カサル到着の翌日、真聖は王都から届いた依頼を受けて図書塔を訪れていた。
この塔には古代の文献や遺物の記録が集められており、二重輪の情報を探るには最適の場所だ。
出迎えたのは貴子だった。
彼女は塔の管理補助を担当しており、いつも無表情で資料を抱えている。
「あなた、真聖……だよね?」
唐突に名前を呼ばれ、真聖は軽く眉を動かした。
「そうだが……何か用か?」
貴子は視線を逸らさずに近づいてくる。
「あなたの心の動きが気になるの。なぜそんなに冷静でいられるの?」
唐突な問いに、真聖は一瞬だけ返答を迷った。
「冷静でいるしかないからだ」
「本当に? 感情を押し込めてるだけじゃない?」
貴子の視線は粘着質で、まるで心の奥底まで覗こうとしているかのようだった。
その後も彼女は資料の整理をしながら、ことあるごとに真聖へ質問を投げかけてくる。
「過去に何か大きな喪失を経験した?」
「この世界に来て怖くはなかった?」
真聖は淡々と答えつつ、内心では苦笑していた。
(探り過ぎだろ……)
しかし、貴子が提示した一冊の記録に真聖は息をのむ。
そこには「二世界間往復門」という言葉が記されていた。
「これって……帰還の手がかり?」
貴子はわずかに口角を上げた。
「あなたの内面だけじゃなく、運命そのものも探り当てられるかもね」
「二世界間往復門……これは古代の伝承と思われていたものだ」
真聖はページをめくりながら呟いた。
そこには二重輪と酷似した環状装置の図が描かれており、注釈には“双方の世界を往還させるための門”と記されていた。
貴子は資料棚に寄りかかりながら、じっと真聖を観察している。
「驚かないのね。普通ならもっと感情を露わにする場面でしょ?」
真聖は淡々と答えた。
「驚いているさ。でも、感情に呑まれても仕方ない」
貴子は小さく笑った。
「やっぱり面白い。あなたの冷静さ、無理して作ってるんじゃないかって思ってたけど……どうやら本物ね」
「分析されるのは慣れてない」真聖は苦笑する。
調査を終えると、貴子はさらに踏み込んできた。
「あなたの過去、もっと知りたいな」
「それはまた別の機会にしてくれ」
真聖はやんわりとかわしながら、資料を抱えて塔を後にした。
外に出ると、昼下がりの光が差し込んでいた。
(この世界の秘密は、俺たちが想像している以上に深い……)
真聖は胸中でそう呟き、再び仲間たちのもとへ向かった。
背後から視線を感じる。
振り返ると、貴子が塔の入口に立ち、静かにこちらを見ていた。
その眼差しは、探求心というよりも――執着に近い光を帯びていた。