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第6話:虚香宮(きょこうぐう)の慟哭

スハとアヨンは、重い扉を押し開けた。


その先に広がっていたのは、想像を絶する光景だった。

薄暗い部屋には、何十人もの少女たちが無言で花包を編んでいる。


この宮廷の象徴である花包は、イナ妃様の御心を映す鏡だと言われている。

その香りは、宮廷の繁栄そのものを表すと伝えられている。

だが、ここから漂ってくるのは、決して繁栄の香りではない。

これは、イナ妃の裏側にある、真の香りなのだ……


その手は皆、過酷な作業の痕跡を物語っていた。ある少女の手は血と傷で爛れ、別の少女の手はひび割れて赤く腫れ上がっていた。


一人の少女が、編みかけの花包を落とした。

その瞬間、妃様付きの侍女が、躊躇なく少女の頬を平手打ちした。

そして、何も言わず、少女の背中を強く蹴り飛ばす。

少女は悲鳴を上げる間もなく床に倒れ伏し、編んでいた花包が汚れた床に散らばる。


スハの鼻腔に、恐怖と絶望、そして甘い花の香りが混ざり合った、歪んだ匂いが突き刺さった。


侍女は冷たい目で倒れた少女を見下ろし、その髪を掴んで無理やり顔を上げた。

少女の瞳には、恐怖でいっぱいの涙が浮かんでいる。


「顔を上げろ、イナ妃様の慈悲でこの場にいられることを忘れるでない。」


侍女の声は冷たく、少女はただ泣きながら、落ちた花包を拾い上げるだけだった。


怒りと悲しみの香りが、スハの心臓を強く締め付ける。

スハは、思わず前に出ようとした。

その腕を、アヨンがそっと掴んだ。


「今はまだ…」


アヨンが囁く。

その香りは、深い悲しみと、そして、どうしようもない無力感が混ざり合っていた。


スハは、アヨンの言葉に従い、静かに耐えた。

だが、侍女の視線が、月明かりの下に立つ二人を見つけた。


侍女は、その表情をわずかに歪めると、スハの男装に目を留め、その顔に侮蔑の色を浮かべた。


「何をしているのですか!この時間まで、こんなところにいるとは!」


怒号とともに、侍女はスハに向かって怒鳴った。

スハは、侍女の香りの奥に、イナ妃に忠誠を誓う盲目的な執着と、自分たちが触れてはならない真実を隠そうとする強い意志を嗅ぎ取った。


「私と話していただけでございます。どうか、お許しください。」


スハがそう言うと、侍女は鼻で笑った。

「口答えをするとは! 妃様をお支えする身でありながら、なんと言う格好なのかしら?」


怒号とともに、侍女はスハの背中を強く蹴り飛ばした。

スハは悲鳴を上げる間もなく膝から床へ倒れ込んだ。


「その目は何だ。」


侍女はスハの反抗的な瞳を嘲笑うように見つめた。

その時、アヨンがスハを庇うように一歩前に出た。


「お許しください。この子は、この場所の恐ろしさを知らず、好奇心で……」


「黙りなさい!」


侍女の怒りは、アヨンの言葉によってさらに燃え上がった。

侍女は、アヨンがスハを庇ったことで、二人がただの好奇心から来たのではないと悟ったのだ。


「この世には、知ってはならぬ真実がある。

お前のような、余計なことを知った人間は、この世にいてはならぬのだ。」


侍女は、そう言ってスハの髪を乱暴に掴み、両頬を交互に何度も平手打ちした。


スハは、痛みと怒りをこらえながら、震える声で言い返した。

「感謝?…私たちが何に感謝しなければならないのですか?」


その瞬間、侍女の顔から嘲笑が消えた。

代わりに浮かんだのは、怒りではない、凍てつくような殺意だった。


侍女は、近くの壁に立てかけてあった木の棒を手に取った。

棒がスハの背中に振り下ろされるたびに、鈍い音が響く。

肉体的な痛みは、スハの意識を遠のかせようとしたが、必死で歯を食いしばって耐えた。

痛みは、この悲劇を終わらせるという決意を、燃え上がらせる薪になった。


侍女は、やがて疲れたように棒を投げ捨て、倒れ伏したスハの体を足蹴にした。


「こんな場所で命を落とせば、お前の家族は『妃様の慈悲を裏切った裏切り者』として、一族ごと消え去ることになるであろう。せいぜい、この暗闇の中で、その運命を噛み締めるがよい。」


侍女は冷酷な言葉を吐き捨てると、近くの壁に隠されていた重い鉄の扉を開け、スハを蹴り入れた。

扉が閉ざされ、スハの意識は闇の中へと沈んでいった。


数日が経った。


薄暗い牢の中で、スハはぼんやりとした意識の中、かすかに聞こえる水滴の音を聞いていた。

身体中の痛みはひどいが、それ以上に、この場所を支配する絶望の香りがスハの心を蝕んでいく。

それは、湿った石畳と、決して乾くことのない血の匂いが混ざり合った、冷たく重い香りだった。


(このまま、終わるわけにはいかない……)


その時、閉ざされた鉄の扉の向こうから、微かに何かの香りが漂ってきた。


それは、かすかな心配と、そして……


ご婦人が語った、「鍵の香り」だった。




(つづく)



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