文化祭準備の数日間、美術室はいつもよりも賑やかだった。
普段は筆の音と換気扇の唸り声しか聞こえない空間に、ハサミの金属音や紙を裂く音、笑い声まで混ざっている。
澪は器用に布を切っては、ホチキスで木枠に留めていく。
千尋は机の上で原稿用紙を広げ、物語のラストシーンに合う一行を探している。
陸は、刷り出したポスターに太い筆で色を塗り込み、失敗しては「あ、やべ」と頭をかいている。
「陸、その赤、もうちょっと薄めたほうがいい」
私は笑いをこらえながらアドバイスする。
「お、やっぱり違うな。美術部の目はごまかせないな」
陸はバケツの水で筆をすすぎ、再びポスターに向き直る。
真剣な横顔を見るのは、サッカーの試合以外では珍しい。
千尋が突然、声を上げた。
「できた! 最後の一文、“心の中の色は、まだ誰にも知られていない”。これでどう?」
澪が手を止めて千尋の原稿を覗き込み、「いいじゃん、蒼にぴったりだと思う」と笑う。
その言葉に、胸の奥が少しざわつく。
私の中の“名前のない色”は、まだ私自身にもよく分からないのに。
紺野先生が、静かに近づいてきて、私たちの作業を一瞥した。
「いい空気だな。こういうときにこそ、作品にしか出せない色が生まれる」
窓の外では、春の夕陽がゆっくりと沈みかけていた。
赤と橙と群青が滲む空の色は、どこかで見たことのある絵具のパレットみたいだ。
その中に、ほんの少し、私だけの色が混ざりはじめている気がする。
──この色に名前をつける日は、まだ先かもしれない。
でも、今はそれでもいい。
重ねていけば、いつかきっと分かるはずだから。