午後四時、閉会のアナウンスが流れ、賑やかだった校舎が少しずつ静けさを取り戻していった。
片付けに追われる廊下で、模擬店の看板が外され、教室から机を運ぶ音が響く。
美術室でも展示作品を外し、机や椅子を元に戻していく作業が始まっていた。
「蒼、これ、外してくれる?」
澪が背景布の端を押さえながら呼びかけてきた。
「うん、ちょっと待って」
脚立に上り、留め具を外す。布がふわりと揺れ、その青が夕陽に染まって一瞬だけ紫がかった。
──あ、と思う。
この色、さっきまでの群青とも違う。
片付けが終わる頃には、窓の外は茜色に沈みかけていた。
陸はサッカー部の打ち上げに呼ばれ、千尋は文芸部の反省会に向かって行った。
残ったのは、澪と私だけ。
「ちょっと、海行かない?」
澪が何気なく言った。
断る理由なんてなかった。
校舎裏の坂を下りると、潮の匂いが近づいてくる。
春の海は、昼間よりも穏やかで、波の音が心の奥にすっと染み込むようだった。
澪は海を正面に見て立ち、何も言わずにただ呼吸をしていた。
風が彼女の髪を揺らし、その横顔は昼間よりも大人びて見えた。
「今日さ…」
私が口を開くと、澪はゆっくりこちらを見た。
「何?」
「澪の背景布、すごく評判よかった。…あれがなかったら、私の絵もあんなふうに見てもらえなかったと思う」
澪は少し笑って、
「蒼の絵があったからだよ」
と返す。
どちらが先か、どちらが支えたかなんて、もうどうでもよかった。
ただ、並んでこの海を見ている事実だけが、確かにここにあった。
遠くで漁船の灯りがともり始める。
その光が波間に揺れる様子は、私の中の“名前のない色”を、また少しだけ変えていった。