「女官の皆さま、よくお聞きください。
この白粉には、毒が含まれておりまする。」
私は言う。
「何を言う!?
私が毒を混ぜたと申すのか!?」
化粧担当の女官は興奮して言う。
「そうではございません。
この白粉には元々毒が含まれておるのです。
この白粉の成分を知っておりますか?」
「え、えぇ…
皇貴妃様は鉛の白粉を好まれていたから…
その通りに…」
「鉛は、確かに伸びも良く顔も白くなりまするが、人間には毒でございます。
鉛の毒は、酷い貧血、そして、筋肉の麻痺などを引き起こしまする。
おそらく、皇貴妃様が右手が動かぬ、と言ったのは鉛の白粉が体内まで浸透し筋肉の麻痺を起こした結果と思われます。」
私は説明する。
「し、し、しかし…
どの姫君も使うておるでは無いか!」
「人により、鉛の吸収率は違ってきまする。
皇貴妃様は吸収率が高かったのだと愚考します。」
「しかし…
化粧をしなくては、笑い物ぞ!」
「私が植物由来の肌に優しい白粉を作ってきますゆえ、そちらを使ってくださりませ。
まずは、皇貴妃様の顔の化粧を落としましょう。
湯と石鹸を用意してくだされ。」
それから、バタバタと女官達と共に皇貴妃様の化粧を落とし、私は持ってきていたヨモギエキスを1、2滴湯にいれ、ヨモギ湯を作り皇貴妃様に飲ませた。
そして、2日後、皇貴妃様の意識は戻った。
「母上!」
「オレが分かりますか!?」
「おぉ…
レガットにシャルル…
私は助かったのですか…」
私は、意思を取り戻した皇貴妃様に、水分が多めのネギとニンニクの粥を食べさせて、ヨモギ湯を飲ませた。
ネギとニンニクには、鉛や水銀などの金属性毒素を排出する効果があるのだ。
5日後、皇貴妃様は歩けるまでに回復した。
私は薬部屋に篭って、植物性の白粉を調合し、皇貴妃様にお届けした。
「マリーナとやら。」
皇貴妃様が私に声を掛ける。
「あなたのおかげで助かりました。
シャルルからあなたの噂はかねがね聞いていました。
まさか、自分がかかるとは思っていませんでしたが…
礼として、何か一つ欲しい物を申してみよ。」
「いえ、畏れ多いことで…」
「助けてもらったのに、礼もせぬでは皇貴妃としての威厳が下がるというものですよ。
さぁ、遠慮なくおっしゃい。」
「では…
薬箪笥を所望致します。」
「ほほほ!
お安いご用です。
根っからの薬師ですね、あなたは。」
皇貴妃様は優雅に微笑むとそう言った。
こうして、シャルルダルク様とレガット様の母上であるカイラ様は命を取り留めたのだった。
そして、次の日、レガット様がお一人でお見えになった。